乳がんと、その後の日々のこと。
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チム太の大脱走 その2
2016年03月08日 (火) | 編集 |
今住んでいるところは、アメリカといってもNYやLAのような大都会ではなく、車で5分走れば深い森か、またはだだっ広いのっぱらに馬やアルパカが放牧されているような田舎である。渡米前、夫と「猫が脱走するとコヨーテに食べられてしまうらしいよ。気をつけよう」と笑いながら話していたことを思い出していた。

もしやチム太もコヨーテに…?

でも………コヨーテってどんなのだっけ???

ブンブンと頭を振って妄想上のコヨーテを追い払う。

2歳0歳の息子達には、元気いっぱいの日曜の朝。食事の支度もスキップするわけにはいかない。夫が、通りのお宅へ順番に聞き込みに出る。許していただける限り、裏庭まで入らせてもらい捜索を続けたようだ。

小一時間で帰ってくると「見つからない。でも収穫があった」と言う。なんでも、ご近所コミュニティで招待制のFacebookグループがあり、そこに前日の夜11時に「玄関に白い猫がいて中に入れてくれと鳴いている。誰かこの子を知らないか?」という主旨の書き込みがあったのだという。ただ、その投稿元がどこのお宅なのかはわからないとのこと。夫はそのグループに招待してもらってメンバーとなり、連絡をいただけるよう返信をした。また、LOST CATのチラシとポスターを作成し、記事をアップした。

あたりに野良猫はほとんど見かけない。だからこそ、わざわざ親切に書き込んでくれた人がいたのだ。白い猫。チム太に違いない。しかし前夜の11時とは…私は捜索に出ていたはずなのになぜ見つけられなかったのだろう。もしかして相当遠いのか?寒い中、必死で玄関をカリカリする姿を想像して胸が苦しくなる。

風が強く、寒い日だった。雨も降ったり止んだり、安定しない。

家事がひと段落すれば夫と交代で私も外へ出た。聞き込みは英語の堪能な夫に任せ、私はとにかく家の隙間や駐車場などの捜索担当。辛い作業だったが、車道に轢かれた動物がないかも横目で確認していった。もしかしたら子供の方が視線が低いので見つけやすいかもしれないと、遊んでいる小学生には片っ端から声をかけた。

午前中の聞き込みでまた新たな情報を得た。まず、FBに書き込んでくださったお宅を特定できた。うちから6軒ほど先で、やはりそう離れてはいなかった。次に、そのお宅から通りを挟んだ斜め向いのインド人のお宅で、朝の9時と10時半頃、車の下に白猫がいるのを見たとのこと。…それってついさっきじゃん!夜を乗り越えたんだ、コヨーテに食べられてないんだ!確実に、影を感じることは出来ていた。そこに希望を見出しつつ、なのに、姿が見えないという、このもどかしさよ。

腹が減っては、とインスタントラーメンをかきこんで、近所にポスターを掲示しながら午後も捜索を続ける。インド人宅にお願いし、餌とキャリーを玄関先に置かせていただくことにした。

時間が無情に過ぎる。日が落ちてくると、私はまた気分が悪くなってくる。自分を奮い立たせ、夕方の4時頃だったろうか。家族4人で外へ出て、犬の散歩をしている人にチラシを渡していると、近くに車を停めた若い女性が声をかけてくれた。「犬がいなくなったの?」「猫です」彼女は近所の動物病院に勤務しているという。ペットを逃してただごとではなさそうな私たちの様子を心配してくれたのかもしれない。顛末を説明すると、失踪情報を病院から拡散してくれるとのこと。有り難かった。

夕飯にはカレーをかきこんだ。砂を食べているかのようだった。
この日はワインでも飲みながらオスカーの授賞式をライブで観ようと楽しみにしてたのだが、無論そんな場合ではない。長男は「チンター!カンバーーーク!!」(Chimuta, come back!)とその日覚えた英語を叫んでゲラゲラ笑っている。

夜の8時半をまわって2階のベッドルームで長男を寝かしつけながら、私はとうとう溢れてくる涙を抑えることができなくなった。「ごめんね。母さんがみんなの大切なチム太を逃してしまったよ。許してね」と語りかける。長男は母さんめんどくさ、関わるのやめよう、という感じで、この日は10分たらずであっという間に寝落ちした。夫はその間、次男をみながら、日本でいう保健所のようなサイトで、持ち込まれても殺処分されないようチム太の情報をアップしようと作業していた…はずだった。

なぜか階下で夫の声と、バタバタという物音が聞こえた。降りてみるといないので電話をかけてみる。するとある男性から目撃の連絡が入り、急いで外に出たが、また見失ってしまい確保はできていないとのことだった。場所は、やはり件のインド人宅の周辺。エサも減っているようだと写真が送られてきた。

image1_20160311071252238.jpg11:30

image2_20160311071249eb9.jpg17:00

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居ても立ってもいられなかった。長男が完全に寝入ったのを再度確認し、インド人宅方面へ向かう。夫を含め男性3人がイソイソと動いている影が見えた。夫が「いたよ。いま裏庭に走って行ったみたいだから、中に入らせてもらおう。」夫以外の男性とは、目撃して連絡をくれた方と、インド人のご主人だった。

お願い。逃げないで。大丈夫だよ、迎えに来たんだよ。

裏庭に入ると姿は見えないが「ニ"ャア」というダミ声が聞こえた。

チム太だ!

「チム、来たよ。出ておいで。母さんたちだよ」

ガサッゴソッ!
BBQセットにかけてあるビニールシートの中から音がする。

夫がシートを持ち上げると「ビャアアアアアアア」というような雄叫びをあげている。あくまでゆっくり、驚かせないように近づいて…夜の9時半頃だったろうか。無事に確保となった。まさか違う猫ではあるまいと念のため顔を覗く。大丈夫。私たちのチム太だった。

連絡をくれた男性は、夕方、声をかけてくれた動物病院勤務の女性のご主人とのことだった。懐中電灯を持っている。そう、彼は偶然チム太を見かけたわけではなく、わざわざ、捜索に出てくれていたのだ。なんと温かい!有難さと安堵でまた涙が出た。部屋の中からインド人の娘たちが不思議そうにこちらを見ていた。

本当に本当に、周囲の方のご協力には感謝である。

家に戻ってチム太にシャワーを浴びせ、テレビをつける。どうやらディカプリオが無事に初のオスカーを獲ったらしい。アフターパーティの会場からの中継が始まっていた。華やかな画面が私の気持ちも高揚させてくれる。

夫はなぜかカレーを温めなおして食べ始めた。

こうして、夫婦と小動物4匹の、平和な日常が戻った。脱走して推定30時間。気づいてから24時間。すでに約2週間前のことになるのに、思い返すだけで吐いてしまいそうになる。私は一連の騒動で10歳くらい老けて、いま5歳くらい取り戻したかな…

不思議の国のアリスに「なんでもない日バンザイ。なんでもない日おめでとう」という歌がある。この脱走劇を通じて、まさにそうだと実感した。ドラマはなくても、皆が元気に揃っている、このなんでもない毎日が自分にとっては何より大切なんだと。
IMG_0941_20160312044402afb.jpg叩かれても引っ張られてもめげないチム太

その大切なものをきちんと守るため、気を引き締め直して、日々を過ごします!
長々失礼いたしました!!

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チム太の大脱走 その1
2016年03月06日 (日) | 編集 |
未だかつてないナイトメアのお話。長文です。
・・・

我が家のチム太(トンキニーズ・雄・5歳)を30時間近く脱走させてしまったのである。
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夫が先週の金土、2日間の出張に出た。アメリカに来てからというもの仕事の帰りは早く、育児をしっかり分担してもらえている。有難いことなのだが、それ故に、いざ不在となった時の私は相当にてんやわんやとなる。

土曜は長男のデイケアがお休み。リズムが合うはずもない2歳と0歳の、どちらか、または同時の泣き声を常に聞きながら時間が過ぎる。なんとか外遊びをさせて夕方4時すぎ、車の中で寝落ちした長男を起こさぬよう、そっと抱きかかえて玄関を開ける。後ろ足に戸を蹴って、ベッドへ直行。次男も落ち着いていて、ホッと一息。しかしここからの1時間ちょっとも、夕飯の準備などでゆっくりはしていられない。

じき長男が起きてくれば、夕飯〜お風呂〜寝かしつけまで一気に突っ走るのだ!

…今日は少し部屋の中が寒い気がするけど、気のせいかな?

寝かしつけに手こずり、夜の9時半頃、急いでリビングに戻る。お腹を空かせた次男が結構な長い時間大泣きしているのが聞こえていた。早くミルクをあげて、今度は次男の寝かしつけだ!

…うーん寒すぎる。明らかに風が吹き込んできている。胸がザワザワする。

案の定、玄関の扉が10cmほど開いていた。夕方、後ろ足で蹴ったきりだった扉。不覚。急いで鍵をかける。振り向くと、ロシアンブルーのマイケルが鎮座している。
「マイケルいるね!チム太はどこ行った?!?!」
答えてくれるはずもない。大泣きの次男を抱っこして家中を探す。いない。

玄関の外に出てみる。植え込みや車の下…いない。血の気が引いて眩暈となる。

ほぼ半狂乱の自分を必死に制して、抱っこ紐を装着しダウンを着て再度外にでる。次男が「え、なにごと?ミルクは?」というような怪訝な表情で見つめてくる。「ごめんよ。チム太を探さないと。チム〜チム〜〜」小走りに半径30m範囲くらいを回ったと思うが見つけられない。犬の散歩に出ている人とすれ違う。彼らにとって、赤子を抱えて半泣きでChimuta〜と意味不明な単語を呟きながら人の家の車やら玄関先を覗くアジア人は、不審者以外の何者でもなかろう。

一旦、家に戻り、次男にミルクをやってベッドに放り込む。

そしてまた外にでる。今度は懐中電灯を持って。でも気配すら感じられない。

0時過ぎに夫が帰宅。捜索してもらうが成果はなし。

ネットで「猫・脱走」などと検索して対策を考える。匂いがわかるように、猫トイレの砂とエサを周辺に撒いた。また、いつでも戻れるようにガレージを半分開けておき、いつも使っているトイレとベッドを設置。朝、そこでちゃっかり寝ててくれればいいな…

そこまでしたところで夜中の2時近かった。私は気分が悪くなってしまい、夫に今回の失態を詫びて、失意のまま横になった。こんな時に睡眠を取ろうとしている自分に腹がたったが、それ以上頭を上げていることはできなかった。

そして朝が来た。
ひどい胸焼けと頭痛で目が覚めるような、なんとも気持ちの悪い日曜の朝が。チム太のいない朝。夢ではなかった。

正直、チム太は手のかかる子である。
粗相をする。犬の如き人懐っこさで膝に飛び乗り、耳たぶをチュウチュウ吸ってくる、それはカワイイを通り越してもはやシツコイ。マイケルに比べて抜け毛も非常に多い。朝方ものすごいダミ声で鳴いたりする。誤食癖があり、靴下は何足食べられたことか。
…でもそれは全て当たり前の、私の日常風景だったのに。有難くて、幸せな毎日。こんなに大事な子だったんだ。チム太のダミ声が脳内リフレインする。

もし、チム太を見つけられなかったら…
見つけられたとしても、事故などに遭ってしまった亡骸だったりしたら…
どん底の妄想が止まらなかった。

私の人生は、チム太前/チム太後で大きく変わるのだ。
愛猫を守れなかった。この先、心から笑える日が来ることはない。笑えたとしてもそれは仮面。心はずっとずっと泣いたままだ。そんな母に育てられる息子たちも不幸なことよ…
周りには「ちいがチム太を脱走させた」と後ろ指をさされる。またはやたらに哀れまれる。そう私は一生、十字架を背負って生きて行く。
アメリカ生活も苦い思い出となってしまう。数年後、機上で、もう2度とチム太に会えないと、再び罪の重さを思い知るのだ。

ごめんよ、チム太。本当にごめん。

・・・
ここまで読んでくださった皆さん、心の声、聞こえてますよ。
「ちいさんて、アホなの?それとも、バカなの?」

そうですよね。そう思います。でも心底、大真面目に、絶望の淵に立たされていました。

その2に続きます。
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