乳がんと、その後の日々のこと。
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次男出産のとき
2016年01月05日 (火) | 編集 |
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

突然ですが昨年内アップできなかった↓お産記事を汗


2015.10.1 出産の日の記録〜
かすかな記憶をもとにしてるので、時系列は自信のない部分もありますが…

基本的な状況としては ◾️予定日まで10日残 ◾️1週間ほど前から前駆っぽい怪しい痛みあり ◾️夫、車で3時間の山の向こうに出張中 ◾️そのため3日前から義母が待機要員で在宅中 ◾️朝一に少量の出血あったが、まさかお印と思わず、日中はバラ園をお散歩していた 

AM0:00 陣痛開始。
結構痛いけどまた前駆かな?今騒いで収まってしまったらとんだ迷惑だなぁ…長男を起こすのも可哀想…できれば朝一でデイケアに送り届けてから行動開始したいな…ていうか、私も寝て体力温存したいんだよな…などと思案しているとアレヨアレヨと10分、7分、5分と間隔が短くなっていく。うとうとしては痛みで目が覚める。夫とは逐一電話。病院への確認電話もしてもらう。

AM3:30 痛み3分間隔に。
これはもう間違いない、来てしまったのだと腹をくくり、義母を起こして入院準備。アメリカの運転2年ぶりという到着3日目の義母と、快眠を妨げられ悲惨な1歳8ヶ月の長男、3分おきに悶絶するちいがiPhoneのナビ片手に真夜中のドライブ、珍道中すぎて一生忘れられない。

AM4:00 病院到着。
すでに陣痛は2分間隔で絶賛人格崩壊中。何も手につかないため義母にパンツを下ろしてもらい(!)後ろ開きのヘンテコなガウンに着替える。長男は一切騒ぐことはなく、なにやら尋常でない母をただじっと見つめていた(眠かっただけか?!)いつも外出先では落ち着いてなどいられない子なのに…空気を読んだのか、これには本当に助かった。子宮口6cm。「今日ベイビーに会えるわよ」というナースの言葉が優しくて、あーいよいよなんだなぁとこれまでの道のりを思い、涙が一筋。GBS陽性のためペニシリンの投与開始。

AM6:00 夫、下山。
入院する私の3倍くらいの荷物を抱えて夫が到着。ちょうど同じくらいに麻酔医の準備が整ったようで、ようやく無痛の薬を入れてもらえることに。これが入って直後からはも〜う!超気持ちいいー!お腹から下がジーンと痺れて完全に麻痺。パンツも脱げないほどにパニクっていた自分を思い出し恥じる。皆でここまでの経緯などなごやかに談笑。

AM8:00 義母帰宅、長男はデイケアへ。
夫の会社の方が協力してくださり、2人は病院を後に。いやはや、大変な一夜だったね…ありがとう。ところで、とてもラフなアメリカの出産。夫はソファで寝転びながら仕事の調整したり、カフェに行って朝食を食べたり…ちいは麻酔の影響でコントの老婆のようにガタガタ震えつつ(寒くはないよ)唯一口にすることを許された氷をガリガリ食べたり、日本にいる家族にLINEしたり。完徹になってしまっていたのでウツラウツラ居眠りも。麻酔の追加を自分でできるボタンがあり、少しでも違和感があればカチカチ!もちろん危険な量は入らないように調整されています。

AM10:00 気づかぬうちに赤子の頭が覗く。
様子を見に来たナースがワーオ!と。なんでも羊水に包まれた頭が股から覗いていたそう。夫に「見てごらんなさい!ほら髪の毛よ!」などとこれまたラフに話しかけ、夫もマタグラでワーオ!などと応えている。この、キラキラと膜に包まれた状態で頭が覗くのを幸運の証だとかなんとか言っていた気もするが定かではない。GBSのペニシリンを追加しなければならず急ピッチで投与される。せっかくお腹には順調に麻酔が効いているのに、この点滴が地味に痛い。てかもう産道通ってきちゃってるけど意味あるのかどうか。

AM10:30 いきみ開始。
仰向けになり足首を掴むよう指示される。このスタイルはちょっと新鮮。自分では陣痛の波が全く分からないため、ナースやドクターがモニターに合わせて声がけしてくれる。麻痺してるため力の入れ具合が難しい。長男出産時に連呼された「かったいウ○チを出すようにぃぃぃ!!!」という助産師さんの絶叫を思い出しながらいきんでみる。「グードグード!ビユーテホー!パアフェエク!」などと褒め続けてくれた。結構上手くできていたらしい。途中、談笑しすぎてモニターの波を見逃す、などの珍事も(笑)。

AM10:44 無事出産!次男お誕生日おめでとう!
本当に出たんですかというほどの無感覚。少し酸素が足りていなかった?のか紫色が濃く、産声を上げるのに少々時間がかかった。スタッフもバタバタしてて不安だったけど結果的には問題なかった様子。新生児の洗浄や測定も全て同室で行われた。前回会陰切開していた傷のところが若干裂けたとのことで縫合。アメリカでは切開よりも自然に裂けたほうが治りが早いとされているそう。2人目だから伸びもいいかも?と事前に言われておりそれに従った。諸々の処理を終えてカンガルーケア。

病院の食事は決まった時間に出されるものはなく、メニュー表が渡されて好きな時に電話で注文する、ルームサービスみたいなもの。空腹に襲われてフルーツやサンドイッチを大量に平らげた。2時間ほど過ごした後、入院の病棟に車椅子で移動し2泊3日の入院生活を過ごした。

長男出産時「なんとなく、やめとく」と言って立会いをしなかった夫。それがここでは妻の頭側から手を握って見守りましょう〜なんて生易しいもんじゃなく、その過程の全てを、終始、しかも足側から見る事となった。彼にとってもなかなか針を振り切った経験だったのではないかな。聞けばアドレナリンが出て、全然大丈夫だったとのことで一安心。


日本での自然分娩、アメリカでの無痛分娩、それぞれに思い出深く貴重な体験となりました。何より、二人とも元気に産まれてくれたことが本当にありがたく。関わってくれた全ての周囲に心より感謝です。


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アメリカ妊婦健診の記録
2015年12月08日 (火) | 編集 |
今更ですが妊婦健診の記録〜
記憶は曖昧ですけれど〜


ちいは32w0d、すなわち妊娠9ヶ月ちょうどの日にこちらに引っ越しました。
この街で日本人の妊婦さんといえば!と必ず名前の上がる、日本語が話せるハーフのドクターがいるのですが、週数が進みすぎていたため受け付けてもらえず。
夫は英語が堪能ですが、医療用語はまた別問題。途方に暮れていたところ、夫の会社同僚でこの6月に出産したばかりという方が病院を紹介してくれました。担当は、穏やかなおばさまドクターS。もちろん日本語なんて話せませんが、ここでは外国人に必ず無料で通訳をつけるのが法律で決まっているとのこと。結局、分娩はその時に待機している別のドクターになるわけだし、言葉に関してはまったく問題ありませんでした。

このドクターS、アクアマリンのような薄いブルーの目をガッと開いてこちらを見据え、ゆった〜りやさし〜く話してくださいます。ちいは言葉が半分理解できないことも手伝って、いつもその瞳の奥に引き込まれて催眠術でもかけられたように気持ちよ〜くなっていました。9ヶ月のデカ腹抱えてハジメマシテーニホンカラキマシターという無鉄砲な患者を気にかけ、本当に親切に指導していただき感謝しています。

出産まで健診は計5回。毎回の超音波はなく、体重測定と尿検査、古そうな機械で心音を聞くのみ。アメリカでは妊娠初期と中期の2度だけ、徹底的に超音波をするのだそう。ちいはすでに後期に入っていましたがこちらでの記録が無いため1度見ていただけることに。

2015.8.21 32w5d 初診
乳がんの病歴はもちろん、ドラッグ使用歴、アルコール、タバコ、メンタル…とかなり細かい問診がありました。無痛分娩の希望を確認。割礼をするかどうか決めておくように言われました。ビタミンと鉄のサプリ接種の指導あり。この国の人達、サプリが大好き。
体重に関して、すでにかなり肥えていたし赤ちゃんも大きめと日本で言われていたのですが、ドクター曰く「あなたはすごく痩せているし、赤ちゃんもごく標準じゃないのか」と…
日本だと「プラス何キロまでしか太ってはダメ」と指導されますね。が、通訳さんに聞いたところ、こちらでは「プラス何キロ以上は必ず太って」という言い回しになるそう。健診に訪れるビッグな妊婦さんを見てると感覚マヒする〜

2015.9.4 32w6d Tdap(3種混合ワクチン)接種、超音波検査
赤ちゃんの内臓全てから、手足と指の数、骨格など…小一時間かけて全身をじっくり確認して写真を撮っていきます。すでに大きくなりすぎていて右手が見えなかったそうです(だからまだサイズの小さい中期に本来は行うのですね)。3種混合は日本の妊婦さんには無いかな?こちらでは百日咳の流行が懸念されていて、母体と共に胎児にも移行するように接種が推奨されているらしいです。同居の家族、うちの場合は夫も接種を勧められ、後日そこら辺のドラッグストアで打ってもらっていました。お手軽クスリ大国。

2015.9.11 35w6d インフルエンザ接種 内診あり
子宮口1cmと言われ焦りました…え、予定日まで1ヶ月あるんですけど、もう??聞くと第2子であれば早くから子宮口が開き始めるのは自然なこととのこと。

2015.9.18 36w6d GBS陽性の結果がでる
この日、いつものドクターSはお休み。代わりに診ていただいたのは眉間にシワのよった見るからに厳しそうなおばさま。産前産後のヘルプ要員について問い正され、なんとかなるだろーと何の人員手配も整えていなかった私はものすごい勢いでその準備の悪さを咎められました。「突然陣痛くるけど、どうするの?は?自分で運転?破水してたら運転なんか出来ないでしょーが。え?夫が運転?上の子どうするの?まさか1歳の子連れてくる気じゃないでしょうね。あなた言葉も不自由なのに何考えてるの!!早く上の子を見てくれる人を呼びなさい!!!」と…今思い出しても身震いするほど怖かったです笑。その会話全てを訳さなければならなかった通訳さんまでブルーになってしまい、二人して落ち込み、「あんな言い方しなくてもいいのにね…」と励まし合いました笑。しかし、内容はごもっとも。これがカンフル剤となって、心を改め、義母に早めにこちらに来てもらうことになり、結果的に大正解となるのでした…

GBS(B群溶連菌)は長男の時は陰性だったのですが、今回は陽性が出てしまいました。分娩時にペニシリンを投与することで赤ちゃんへの感染を防ぐことができます。

2015.9.24 37w5d
子宮口1cmで予定日(10月10日)に変更なし。ただ、2人目の出産というのは往々にしてトリッキー。自分でおかしいなと思ったらいつでも連絡し、病院に来なさいとのこと。もしそれで家に帰ることになっても何も恥じることではないのだから、と。
ああ癒しのドクターS!

で、確かにトリッキーに!

残り2回の健診予約を残しこの1週間後に分娩と相成りましたとさ〜

こちらに来る前は、いい加減な健診しかしてくれないのだろうというイメージで不安が大きかったのですが、完全予約で待たされることもなく(日本だと1時間待ちはザラ)ドクターもナースも本当にフレンドリーで内容もきめ細か、通うのがすごく楽しみでした。
38w5d 奇襲攻撃
2015年11月06日 (金) | 編集 |
可愛さとしんどさと寝不足具合と…

ご報告遅くなりましたが
2015.10.1 AM10:41 3240g(7lb 2.3oz)
元気に次男が生まれております

長男の時も初産なのに5日早まっていました
日本の産婦人科の先生には
「その人特有の生み月というのがあるんだよね(だから早まるタイプかもね)」
と言われていたうえ

今回は妊娠9ヶ月での海外引越がありました
生む3日前には船便が100箱届いて(棒)必死の開梱作業が続きました
だって疲労困憊で退院して段ボールハウスなんてイヤ過ぎるし!!

そりゃお産も進みますわね
子供、ガンガン降りてきますわね

それとなく覚悟をしていたつもりなのですが
いつもの楽観ズボラ癖で大した準備も整っておらず…
突然夜中に訪れた陣痛からの、相当なドタバタ出産となりました

まあでも、きちんと正期産なわけで
頑張ってお腹の中にいてくれた方ですね!ありがとう息子!

あまりにも違う日本とアメリカの医療事情
検診から出産の記録もフレッシュなうちに残したいのですが
今の私には全てにおいて余裕がない〜♫いつできるかな〜♫

それにしても無痛分娩はパラダイスでした
楽しかった!
痛みとしては、頑固な便秘を解消する方がよほど大変かも

長男の時の36時間ってやはり産後の心身に相当なダメージを残したので
あの、人格を崩壊させる、女を獣に変える(?)陣痛たるものを
一瞬で取り去ってくれた麻酔科医はまさに救世主、神に見えたよね〜

IMG_0272.jpgこれでもかって位ギュウギュウ笑
入院中、ずっとです!胎内の雰囲気?で安心できるそう…ほんまかいな
頭から体温が逃げるとされているとの事でお帽子も

ところ変われば、ですね

混乱の我が家にやって来た第5のオトコ(上は夫、オス猫2匹、長男)よ
いろいろ大変だったけどよく頑張った!元気に生まれてきてくれてありがとう!
折角なのでとミドルネームを考えてみたけれど、間に合わなくてごめんね!笑

そして再びの妊婦
2015年04月05日 (日) | 編集 |
現在、妊娠4ヶ月となりました

年明けから不妊のクリニックを再開し、凍結保存していた胚盤胞を移植
理論上は息子との二卵性双生児?!が無事に着床してくれました
(同時に取れた卵子だったのでね…)

黄体ホルモン足りないとか甲状腺ホルモン高くて駄目とか、いろいろあって
服薬しつつ今日現在までなんとか妊娠継続中です

息子の時に5ヶ月まで結構しんどかったつわり
嘔吐さえなかったものの、常にウェプウェプとこみ上げて
横になろうものなら天井がグルグル回り身の置き場の無いあの感じ

それが今回は胃もたれ程度で逆に心配になるほど軽く済んでいて、
まあ無いに越したことはないらしいので助かってはいます

年の差の計算などタイミングを見計らったのか?とよく聞かれるのですが

いいえ、まったく~

そもそも、望んだときに計画的に妊娠できないから治療に通ったわけだし
一番しっくり来るのは「いい歳だから早目にしとくか」って感覚的なところ

悲しいかな母乳がうまくいかず産後3ヶ月であっという間に生理が戻ってしまい、
その後は周期も量もトントン整って…

クリニックには残りひとつ胚盤胞が眠っていることは分かっていて
いずれかのタイミングで必ずお迎えに行くことは決めていたので
産後6ヶ月位の時ににクリニックに電話をかけ
どのようなタイミングで通院再開すればよいのか確認

希望周期の生理12日目に来院するよう指示を受けていました

2014年末は風邪をこじらせて喘息気味になったりと体調が整わず見送り
お正月は呑みたいしなっ!と言い訳しつつ(あれ、タイミング見計らってる??)

2015年1月14日に再通院を始めました

備忘録としての通院記録も次回より簡単にまとめておきたいと思っております


写真[1]
息子は2月に無事に1歳を迎えました
はやい~~
小さな心配ごとは絶えず、1日1日を乗り切る感じですがおおむね元気!
靴を履いてのあんよも上手になり、母さんは芝生を求めて日々徘徊中~


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