乳がん6年生。その後の日々のこと。
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It's back!
2014年05月20日 (火) | 編集 |
子の生後3ヶ月6日で、月のものが戻りました
なんとも早い…一応、細々と母乳も続けているのに…

しかも、ガラスの十代を思い出すような大出血祭り~!!!

書いてて気付いたのですが、この名曲はアノ方の作詞作曲なのですね
ちいも中学生の頃など良く聴いていた世代ど真ん中なので残念です
かつて神と崇めたTKさんもクスリではないけど前科者だし、
才能のあり過ぎる人ってのは孤独で不安定だったりするんですかね

と、そんな話はどうでも良くて!!月のもの!!!

近年、特に乳がんでケモって以降は顕著に、とても出血が少なくなっていました
それはそれでラクでしたけれど、体の機能としてはあまり良い傾向ではなさそうだなと思っていました
(不妊治療の先生は、関係ないと仰っていましたけど)

そして産後の悪露と、それがようやく収まってからのオリモノ、これすごくストレスでした…
なんとも言えない独特のにおいがあるのですよね

ここでまたまた話は変わりますが
デブだのハゲだの、お前の母ちゃんデベソだの、人にダメージを与えるための言葉は数あれど
もっともキツイのが「クサイ」なんだそう、っていつか何かで読みました
(出典元が謎なので嘘かも)(でも確かに読んだので、信じてるんです)

なので私自身、よほどガマンできない時以外はこの単語は口にしないようにしてるし
まして自らを「クサイ」と認めるのは、いくら出産という大仕事の後とはいえ、なかなか辛いもの

が、正直に言おう!
産後、私はクサかった、と!!!

でね、だからこの大出血には多大なる期待を寄せているというか
この際、子宮の大掃除!デトックス!!という前向きで清々しい気分なのですよ
実際、いまはほとんど臭ってない(はず)です

おとうさんが亡くなる数日前には、奥の歯茎が腫れて口を開けるのもままならなくなり
歯医者で切開して膿を出したりもしてたんです、そんなこと初めて…

そんなわけで高齢出産、色々ガタが来てたりもしますが、
少しずつ、元に戻ってきてるのでしょうね
月のものがひと段落したら、体重ももう少し落としたいなー!



さらに話を展開させよう
先日、夫に「ちいはなぜfacebookをやらないの?」と聞かれました

答えは簡単

こういうぶっちゃけた記事が書けなさそうだからです!

仲間向けに当たり障りのないことを書く、または連絡ツールとしてのみ活用すればいいのか
でもテーマを分けてブログと2本立てにするのも、もはや面倒…
乳がんの過去を告げないで社会生活を送った期間が長くなったので余計そうなのかも

なんてねー

意外とやり始めたら大いにはまったりするものなのかもしれないけどね!
まあやっぱりここで自由に泳ぐだけで、ちいは満足~☆
FC2 Management
私の「おとうさん」
2014年05月08日 (木) | 編集 |
4月の頭から誤嚥性肺炎で入院していた「おとうさん」=祖父が4.24に亡くなりました。
(親達がおとうさんと呼ぶので孫世代がそのまま祖父をそのように呼んでいるんです)

92歳、男性の平均寿命はとうに越えているので一般的には大往生ですよね。
だからちいも、この死に理不尽さは感じないけれど
いつも無条件に自分を肯定してくれる人がいなくなったことは何とも言えず寂しい…

以前より拙ブログでも何度かこのおとうさんの事を話題にしてきました。

2007.3.8 『リスクって一体』
2007.10.12 『ちい散歩』
2008.2.11 『レッツ英気養い』

小さい頃から人間的にウマが合ったというのかなぁ。

アクティブに孫とガンガン遊ぶ!というタイプの人ではなかったけれど
卑弥呼および邪馬台国が好きで関連書籍は全部うちにある!と言い切ってひたすら読書したり
趣味の書をしたためたり、お手紙や会報の記事を書くといった作業を黙々と行っているその横で

ちいはゴロゴロしながら1人で漫画を読んだり、ワープロを借りて詩集めいたものを作ってみたり

そんな風に何時間でも過ごしていられました。
デパートや映画や公園に行くよりも、とても心が落ち着いたし、楽しかった。

身体は丈夫でも、若い頃から目だけは悪くて晩年はほとんど見えていなかったようです。
だけど今年のお正月はちいのでっかくなったお腹を優しくさすって「がんばってるな」って…
「早く顔が見たいよ~」なんて言っていました。

本当はその位元気なうちに会ってもらいたかったけれど、初対面時は既に寝たきりに。

亡くなる前日にも息子を連れてお見舞いに行き、横に寝転がしておきました。
息子、なぜか声高らかに大爆笑!
手足をバタバタ動かして、おとうさんに襲いかかっていました^^;

息子なりのご挨拶だったのかな??

ちょっとヒヤヒヤしたけれど、元気な曾孫が生まれたこと、きっと分かってくれたと思います。

うちはなかなか子供ができなかったけど、おとうさんが何かしらの力で授けてくれて
お宮参りで産土神様への報告が済んだところで「もう大丈夫」って召されたのかな、とか

いろいろ考えてしまいます。

ちいの友人は「おじいちゃんと息子君は、引継ぎMTGしたはずだ」って^^
でも本当にね、そんなようなタイミングで…世代交代ってことなのかもしれませんね。

数年前に正式に「アルコール依存」を医者に告げられたおとうさん。
ここ3年ほどはお酒も飲めなかったけど
これからはいくらでも!なんならお酒の海で泳いでね!と
家族みんなで棺に日本酒をたっぷりと注ぎお見送りしました。

かける言葉は「ありがとう」やっぱりこれしかないです。

楽しいお話、貴重な文通体験、いつも可愛い可愛いと言ってくれた事、沢山褒めてくれた事
その独特のユーモア、愉快な生き様。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。おとうさん。
またいつか、一緒にお酒を呑もうね!
産後ブルーの日々②
2014年04月03日 (木) | 編集 |
かくして、入院中から母乳についての検索魔と化しiPhoneとニラメッコしていた。
産褥期に目を酷使した私は、多分、更年期に真っ先に目をやられるんだろう。もう諦めた。

母乳だけじゃない、この間まで繋がっていたはずなのに息子の全てが未知だった。
前も後ろも、右も左も分からない。
猫の慣らし期間を考え実家に戻ったのだが、父・夫、男所帯の我が家は全員が子育て初心者で抱っこすらおぼつかない。
神経が張り詰めているのが自分でも分かった。ジャックナイフ母。

結局、妊娠中は出産がゴールになっていて自分の事しか考えられていなかったのだ。
産後の具体的な生活をイメージできていなかった。可愛い洋服、カッコイイバギーなんてどうでも良かったのに。

育児書、母乳育児の本、予定外だった大量のミルクやらをポチポチしていった。
母乳育児を妨げない哺乳瓶なども新たに購入した。

どうしても迷った時は先に母になっている友人達にSOSを出した。沢山助けてもらった。

母乳分泌に大切な事は 産後直後からの頻回授乳、赤ちゃんが欲しがるだけ何回でも。
(母乳推進のスパルタ病院だと、ミルクは与えなかったりもするらしい)
そして、栄養・睡眠…ママのストレスは大敵なのだとか。

でもそれって産後の実生活とは真逆のことを求められてる気がした。
母乳を枯らせないためにはミルクの前に必ずおっぱいを吸ってもらわないといけない。
おっぱい→調乳→ミルク→哺乳瓶洗い→ゲップ、オムツを換えて…軽く小一時間はかかる。
睡眠なんて細切れ必須だし、ゴハンをノンビリ食べてる余裕なんてない。

私は必要以上にテンパっていて、髪にブラシを1回通すのに1週間かかった器の小さい人間だ。

何より、出ない母乳が特大のストレスそのもので、まさにデフレスパイラル。

頻回授乳といわれても、既に結構な量のミルクを与えてしまっている我が子はよく眠った。
消化の良い母乳と違い、ミルクは腹持ちがよいのだそうだ。
母乳を増やすにはミルクを減らして空腹感を煽り、泣いてもらい、吸ってもらうしか方法は無さそうだったが、自己流でそんなことをして万一、彼の成長を妨げてしまっては本末転倒な話だ。

正直、自分でもナニを目指しているのか良く分からなくなっていた。
母乳とミルクの混合と言っても、この先外出などが増えたら上記のようなルーティンを続けるのも難しそうだ。搾乳して与えられるほどの量も無い。

使い物にならないおっぱいなら、早く誰かにそう言って欲しかった。
そうすれば、迷いなくミルク1本(=完ミ)にできるのに。

埒が明かなくなり、産後2週目から区の保健師さんや助産師さんの訪問をお願いしてひたすらブルーを訴えた。
産院の母乳外来、および、母乳育児を推進している相談室に通いマッサージも受けた。
明確な答えが出るわけではなかったが、いろいろな気付きもあり、また具体的に動き始めた事でほんの少しずつではあったが気が晴れた。

息子の体重チェックも兼ねて週一のマッサージ通いは今も継続している。
ミルクをどの位足すかはずっと悩みどころだが、色んな意見を自分なりに解釈して量を決め、細々と混合栄養を続けている。

が、やっぱりおっぱいはほとんどおしゃぶり状態で実質ゴハンとしては機能していない感じ。

全く母乳ってヤツは…今日でなくても、明日でるかもしれないと思うとなかなか止め時も難しく。
今は、もう少しだけ頑張ってみて、時期が来たら完ミに移行しようと思っている。
4ヶ月、また6ヶ月、はたまた1年かけて完全母乳(=完母)になる、また母乳比率を半分や三分の二程度に持っていく人もいるらしいが、根気と信念、根本的な体質、理想の生活スタイル…色んな要素が絡むかと。

というわけで
貴重な新生児期を泣いて過ごしてしまったことは勿体無かったし、本当に情けないけど
少しでも母乳をあげたいと思い立ち行動した事は、不器用な私なりの母性だったのかな?とも感じている。

実は未だに「母親」としての自分に実感が沸かない。
ただ、私のミスで将来に影響が及ぶような事があってはならないし、この子を守らなければとは強く思う。
その意味でミルク缶にご丁寧に書かれている「赤ちゃんにとって最良の栄養は母乳」というのを
なんとか実現してあげたかったのかな、と。

(余談ですがこの文言って必要なのかね?今まで4ブランドのミルクを購入してみてるけど全部に書いてある。決まりなのかな?そんなの分かりきってるし、事情があってあげたくてもあげられない人にとっては余計なお世話だと思うのだけど)

半年経てば離乳食が始まり、過ぎたことはすっぱり忘れてしまう位悩みは次々出てくるそうで
当たり前だけど子育てはノンストップ。一旦休みも、振り出しに戻るもない。

もっと大らかに構えて、楽しみたい。これからは息子と一緒にたくさん笑いたい。

そのために、自分にできない事を嘆くより、できる事をしっかりと。まだまだ修行が必要だけど。
へっぽこ母さん、これからも頑張ります!
産後ブルーの日々①
2014年04月02日 (水) | 編集 |
長くて暗い記事を2回に渡ってお送りします~
そんなこともあったな、という記録です

……

今はだいぶ落ち着いたが、
産後1ヶ月を過ぎるあたりまで心身共に自分史上どん底に近い状態だったように思う。

まずは身体のこと。
前の記事にも書いたように、微弱陣痛タイプだった私は丸2日間ろくに眠らずに唸り続けた。
ときに貴重な毛髪を毟り取らんばかりの勢いで引っ張って、痛みを逃した。
(後に夫が「あれは怖かった…」と漏らしていた)
なかなかお産が進まないため促進剤を少量から始めたが効きが悪く
最終的にはかなり量を増やし、更に助産師さんに上からお腹を押してもらって
ようやく3525gのビッグな我が子と対面できた。

そんな、いまだかつてない疲れの中にいるはずなのに、直後は躁状態だった。
目がランランと冴え渡り、産後2日目には一睡もせずに朝を迎えることとなった。
(ちなみにこの日の深夜がソチの男子フィギュアの日だったがそれを見ていたわけではない。)

次の夜からは睡眠導入剤を処方してもらい、ようやく3,4時間眠れるといった有様。

そこまでして眠れたのにも関わらず…自律神経が狂っていたんだろう。
真冬だというのに滝のような寝汗をかいて、目が覚めるとガタガタ震えた。

この酷い寝汗は、退院してからもしばらく続いた。
疲れを癒すための睡眠で余計に体力を消耗しているように思えた。

そしてメンタルのこと。
もともとホルモンバランスが崩れて産後ブルー・産後鬱に多くの人が陥る事は知っていた。
不安になる、自信がない、わけもなく涙が出るといった典型的症状が自分にも現れて
当初はある程度客観視もできていたのだが、ここに「母乳問題」が追い討ちをかけた。

私は、ほとんど母乳が出なかった。

妊娠中は、母乳なんて産めば出るんでしょ、友達もみんなおっぱいあげてたしな、
ま、出なくても片チチだし仕方ないかもね、なんなら乾杯か!?なんて…

要は、あまり深いことを考えていなかったし、当然勉強もしていなかった。

病院は完全母子別室制、ママ休んでね、という感じで、おっぱい指導も緩めだった。
むしろ自分から積極的に情報を捕りに行かない限り、放っておかれる感じ。
3時間ごとにママが一斉に集まり、オムツ替えと授乳を行う。夜中の2回は助産師さんが代行。
おっぱい前後では赤ちゃんの体重を量って母乳量を測定・記録し、足りない分はミルクで補う。

同時期に入院してた周りのママ達は多かれ少なかれ、出ているようだった。
経産婦さんは涼しい顔で授乳をこなし、
初産ママでも、張っちゃって痛い、母乳溢れているのに赤ちゃんが上手に飲めない、など
私から見れば1段上のレベルの悩みを訴えているようだった。

私は片チチではあるものの、陥没や扁平といった乳首の形状的な問題がある訳でもないし
うちの子も結構上手に吸い付く事はできている感じだった。
条件は悪くないはず。
なのに授乳後は、カラパイ吸わされて体力消耗しちゃったのか2g減っていたりする。
切なかった。

先生には回診のたび「おっぱい張ってきた?」と聞かれた。
いつ張ってくるのか、いつ分泌が始まるのかと待っていたが一向にその気配すらない。

なんで私だけ出ない?そんなの想定外。
この先どうしたらいいの?ミルクなんて買ってない。
母乳が足りない人もそれ「さえ」あげれば後はミルクでも栄養的には遜色なし、と言われる
免疫がたっぷり含まれた黄色い初乳…出てこない。

日増しに焦りが増してきた。そして惨めだった。
退院前日、授乳室からベッドに戻り1人マッサージをしてみると何とか1滴搾り出せた。
でも既に白い。黄色くない。初乳はどこへ行った?それすらあげられていないんだと自分を責めた。
自分のせいで子供に何かあったらどうしよう、耐えられない。
(この思考そのものが産後ホルモンのいたずらなんだけどね、当時は大真面目だもんで…)

誰に言われたでもないのに勝手に追い詰められた様子を見て、先生や助産師さんには
「個人差あるから」「おっぱいだけが全てではない」「これからよ」などと慰められた。
でも、あまり耳に入ってこなかった。

状況は改善されぬまま退院の日を迎えてしまった。
晴れの日のはずの写真の中の私は、疲れと睡眠不足で顔が浮腫んでパンパンだ。

ろくな食料も持たぬまま荒野に息子と2人、放たれてしまったような心細さしかなかった。
39w2d 終わりと始まり
2014年03月17日 (月) | 編集 |
いよいよです、などと呑気に書いていたのが昨日のようでも、遥か昔のようでもあり…

ご報告が遅くなりましたが
2014.2.12 PM4:04 3525g 男子うまれております
39w2d、予定日より5日ほど早まる結果となりました

猫の慣らし期間を考えて産後しばらく実家に居候しており、2日前に自宅に戻りました

35歳、初めてのお産は、私にとっては壮絶な経験でした
母子手帳に記載された分娩所要時間は35時間10分となっており、これも相当長い方でしょうが
実際にはその前からかなりガマンしていたので丸2日位は唸っていたと思います…

結局、子供が大きい上に微弱陣痛タイプ?だったようで最終的には陣痛促進剤を使いました
最終的にと言っても、少量で落とし始めて8時間位かかっているので
あまり薬への反応もよくなかったんでしょうなぁ

同室だったママさん①は、前触れもなく破水→病院についたら既に子宮口全開→40分で出産
ママさん②は、なんとなーく痛くなってから2時間で出産 だったそうで…

体質なんですかね、羨ましい限りです

産まれた瞬間について
痛みも忘れて感謝感激で胸いっぱい☆的なキラキラしたものと思っていましたが

とにかくこのナイトメアが終わったんだ、やっとやっと出せたんだという安堵感
目の前に差し出された子の人生が遂に始まり、自分は母親になったという責任感
ただでさえ心の準備が万全で無い中の難産で茫然自失

まあとにかく様々な、複雑な思いが去来していました

産後は2時間ほど分娩台の上で安静にしていますが、痛みの緊張と余韻が解けなくて
ずっと両手のバーを強く握り締めたままでした…(脱力するのが怖かった)

ひたすらの感動に浸るほどの余力は残って無かったというのが本当のところです

ここから今日に至るまでも心身ともに、一筋縄ではいっていません
そこらへんはまた改めて

・・・
長いお産を耐えたのは子供も同じ
無事に生まれてきた、君は強くて偉い!
たからものです、大切にします
shu.jpg







37w-39w 産婦人科検診まとめ
2014年02月10日 (月) | 編集 |
臨月に入って検診は週一となっています
さくっとまとめ笑

2014.1.28(火) 37w1d 検診10回目
尿検査→腹部・経膣エコー、内診→問診→血液検査

・推定体重3019g

2014.2.4(火) 38w1d 検診11回目
尿検査→NST→腹部・経膣エコー、内診→問診

・貧血なし
・NST問題なし
・推定体重3386g

そして本日
2014.2.10(月) 39w0d 検診12回目
尿検査→NST→腹部・経膣エコー、内診→問診

・NST異常なし
・推定体重3502g
・おしるし有り

そう、今朝方、遂に出産に向けた兆候が現れ始めたようなのです

昨日2/9は溶けた雪にじゅうぶん気をつけながら都知事選投票へ
新宿に移動してヤボ用を済ませた後、通りがかったシズラーでひたすら野菜摂取!!!
あ、もちろんお肉も炭水化物もデザートも食べたけど…
それまで大雪やらなんやらでどうにも体がなまっていたので、2駅分を歩いて帰宅

フィギュア団体決勝、男女シングルフリーまで見て就寝

そしたらね

お腹が痛くなって1時間もたたないうちに目が覚めてしまったわけです
寒い中ずっと外にいたからPPになったかな~なんて思って用をたしてみます

その後も断続的に痛みが襲ってきてその度にトイレに篭るも出るものは無し

なんとか寝付いて遅めに起きたら、出血が確認できました

んで、タイミングよく産婦人科の検診の日だったので先生にご報告

「い~ですね~。おしるしですね。このタイミングなら教科書通りの症状ですよ」だって
準備が始まった合図とのこと、ただ、子宮口はまだ閉じているんだそうです
ここからの進行にはかなり個人差があるようで、今日明日に陣痛が始まる人もいれば
治まってしまって数日後って場合もあるのだとか

まだ予定日まで1週間、スイミングでも行こ~、ついでに近所で友人とランチでも!ルン♪
なんて余裕かましていたら、巨太郎君、奇襲攻撃…
いや、ちいの認識が甘かっただけで奇襲でもなんでもないのか…

ここからいつ陣痛になるのか、はたまた破水になるのかも分からないけれど
兆候がある以上あまり引っ張りすぎるのも良くないらしく
もしかしたら予定日(2.17)より早まる可能性が高いかもです

いよいよです





36w0d 産婦人科検診 9回目
2014年01月24日 (金) | 編集 |
2014.1.20(月) 36w0d

尿検査→骨盤レントゲン→腹部・経膣エコー、内診→問診

遂にこの日から10ヶ月、臨月突入です

・異常なし
・赤子また成長し、推定2800gに~

骨盤のレントゲンが、ちい的にとてもツボりました!

もともと、通っている産婦人科は地域に昔から根ざしている下町風情の個人病院で
外観はほぼお化け屋敷(中はリフォームされててそこそこ清潔な感じです)

いつものように尿検査を済ませると、初めてのレントゲン室に案内されます
若干ヨボヨボ(に見えました…)のお爺ちゃん技師さんが看護師も付けずに1人でレントゲン室を
切り盛りしているようです

なんていうのかな…イメージ的には千と千尋の釜じいみたいな職人気質を感じさせるのね

硬いベッドに横向きに寝ると、計測のためのポージング完成に必要なのか
四角い木の棒に手書きのメモリが書かれた定規のようなものをいくつも腰周りにあてがいます

最先端医療にどっぷり漬かってきたちいとしては、そのアナログな道具にちょっと衝撃

で思い出したように「あ、ちいさんはレントゲンによる赤ちゃんへの影響心配ですか?」と…
主治医の指示でここにいるわけなので、そんな心配は微塵もしていなかったため
とっさに「いえ全然」とバカ正直に答えます

「そうですか…」と釜じい先生はちょっと淋しそう

そこそこ時間をかけてパンツ一丁の腰ポジをあーでもないこーでもないと微調整し
釜じいの納得のいった所で撮影

釜「確認に少し時間がかかります、再撮影もあるかもしれませんので楽な体勢で待って下さい」
ち「はい分かりました」
釜「…え~、やっぱりちょっとお話ししますかね」
ち「???」

すると、これまたなんとも使い込まれた風の手作りボードが登場!
期待を裏切らない展開に思わずにやけてしまいました

画用紙を繋げ方眼紙を貼り付けて、縦軸に放射線量、横軸に妊娠週数というグラフに
いつ・どの位の放射線を浴びると胎児や母体に影響があるのかが細かく「手書き」されています
補足資料としてなのか、変色した新聞の切抜きなども貼られています

パンイチ横向きで、かなり長い時間レクチャーを受け、「だから今日の検査は安全」
と、まあ分かりきっていた解が導き出されました

きっとこの古い病院で、レントゲン一筋に頑張ってきたんだな…(勝手な妄想ね)

撮影も問題なく完了とのことで着替えて部屋を出ようとすると
「あ、ちょっとちょっと」と別室に呼ばれ「これから先生と話すための予備知識ね」と
見せてくださったのは、懐かしのフィルムのレントゲン写真!!!

なるほど時間もかかるわけですね!
部屋の薄暗さも手伝ってちいの目には見るもの全てがセピアに映りました
昭和初期の病院にタイムスリップしたような不思議な時間を過ごし

なぜだろう、とても、気持ちが良くなってしまいました笑
眠くなっただけかな?

その後、診察に呼ばれて主治医に会うなり
「すごくキレイな骨盤だよーー!丸い!なにも問題ない!」と相当褒めていただけました
自覚症状がなくても、骨が曲がっていたり直線に近いような形の人もいるのだとか
その点で、ちいはきれいなカーブで子供の頭とのバランスも良いらしく
若い看護師さんも「本当!赤ちゃんツルッと出て来れそう!」とテンション上がり気味です

それを真に受け「骨盤の形がいいと痛くない、とかあるんですか!」と鼻息荒く聞いたところ

「あ~それは全然関係なく痛いよ!ワハハ!!」

え…なんだ…
そうですか…

というわけで、子供は大きいけれども、対するちいの骨盤に問題ないので
帝王切開等は現状では適応でないってことです

つわりも喘息も腰痛も、その時はキツいなぁと感じたけれども
いわゆる切迫とか前置胎盤とか逆子とか?そういった重大なトラブルは何もなくここまで来ました
妊娠の経過としては極めて順調といえるのではないかな~と自分で思っております

あとはいまだ終わらない出産準備をサッサと進めなきゃ><

この子の骨盤はちょっと心配です
maikotsu.jpgなにか?

時々マイケルはこの高見盛みたいなポーズをとります
多分、胴が若干長いんだよな~
Punch!Punch!Punch!
2014年01月17日 (金) | 編集 |
念願のマタニティスイミングを始めました
16週以降から始められるのに、ちいは仕事の都合やら喘息騒動やらで結局35週^^;
臨月間近でナニ焦っちゃってるのって言わないで

ただでさえ東京も極寒なわけだし、もう潔くやめとこうかとも思いましたが
11月に先走って水着を購入(約8000円!!!)していたし、診断書も2回も(3150円×2!!!)とって
それらを無駄にするのも悔しくて!

先週に1度の無料体験し、その後本入会、本日が2回目

マタニティスイミングと聞くと、のんびりウォーキング・ゆったりアクアビクスでしょって
思いませんか???

ところがこれ結構スパルタで、パンチ効いてます

もちろんウォーキングや水中座禅、呼吸法といったそれっぽい指導もあるのですが
クロール・バック・バタフライも普通にガッツガッツやらされます!
(平泳ぎは隣の人のお腹を蹴る危険性があるためやらないそう)

ああ驚いた~

バックやバタフライなんて30年ぶり位にやりました~

でもね、妊婦というのはどうやら羊水の浮き輪効果で泳ぎやすい状態ではあるみたいです
確かにバタフライ、子供の時よりうまくできているような(かつてはほぼ溺れながら25m進んでた)

1回目体験を終えプールサイドに上がったら
帰還した宇宙飛行士ってこんな感じ?とばかりにグラビティ!!!
ヘロヘロになって、サッサと帰って、バタンキュ~で3時間…

2回目は精神的肉体的に少し落ち着いたのか、心地よい疲労感でした!
しかも体験時、この投資を無駄にはしまいと(しつこい)頑張ったせいで
「この子デキル子」と先生に認識されてしまったのか、本日「ちいさん、先頭」ってご指名~笑

全身のむくみも取れるし、外に出るとなんだか視界良好でほんとスッキリ!
肩や腕を大きく使って泳ぐと胸筋の刺激になり母乳にも良いらしいです

朝の「寒い~今日いきたくない~振り替えちゃおっかな~」さえ乗り越えられれば、すごく楽しい!

1月はあと3回、予定月である2月はビジター制を利用して好きな時に通えるようです
予定日になっても泳いでいるつわものもいるそうな

なんでこう極端な感じになってしまうのかというと、ちいはヒッキーも得意だし
基本がグウタラなもので毎日2時間お散歩♪とかコツコツした事が出来ない人間なのん♪

気ままに5年位通っている加圧トレーニングも12末から復活して軽い筋トレとストレッチを週1で
(もちろん圧はかけないマタニティ仕様ですよ)

通勤も無き今、ちょっとでも体力維持に繋がればいいかな、と

産褥スイミングやベビースイミングもあるそうで(6ヶ月位の赤子を泳がすそうです、萌…)
産後はそんなのも行ってみたいなーと思っています



34w0d 産婦人科検診 8回目
2014年01月09日 (木) | 編集 |
2013.1.4(土) 34w0d

尿検査→腹部・経膣エコー→問診

・とりたてて異常なし
・現状既に2400g(ひー)

年末年始で体重の激増も危惧してましたが、そこそこでセーブできてました
それには悲惨なショック療法が関係していると思うので後述するとして…

スイミング用の診断書も再度書いていただきました
11月、26wの時にも頂いてましたが喘息騒動で結局スクールへは行けず
36wを超えると申し込み自体ができなくなるのでタイミング的にはギリギリ

もしかしたら26wの診断書も使えるのかも知れないけれど、確認できぬまま
ジムが正月休みになってしまったので、2度手間を避けるため3150円泣く泣く払いました!!!

・次回36w0dに検診(骨盤写真を撮るのだとか)



年末年始のことをいくつか

◇血染めのメリークリスマス
8ヶ月に入ってから甘いもの、特にチョコレート熱が止まらなかった私
胎児が糖を持っていくらしいので自然な事なのでしょうが、カフェインと一緒で砂糖も中毒性が
あって、良くない良くないと分かっていながらなかなか断ち切れずにおりました

そして迎えたクリスマス、まあ私は仕事だったんですが

夜、夫がおいしそう~なチョコレートケーキを買ってきてくれてモリモリ食べていたところ
ブハッと鼻血が噴出しました

とはいえ妊娠中は粘膜が弱って、鼻血や歯茎からの出血は日常茶飯事なので気にも留めず

次の日、子連れではなかなか行けないであろう大好きな串揚げの店でディナーした後
腹ごなしに表参道方面をプラプラ散歩
すると、イスラエルからやって来た??とかいうチョコレート屋さんに列ができていました
これはなんだなんだと吸い込まれるように店内へ

非妊娠の夫でさえ「美味しいけど甘すぎて頭が痛い」と言い出すほどの
世にも甘いピザ(大量のマシュマロとチョコクリームが乗っている)やクレープを食したところ
またも鮮血がドバッ!!!

しかしここは大人気のチョコレート専門店…鼻血を出した客(しかも妊婦)を見たら
ウキウキでチョコレートフォンデュにイチゴなど絡ませてる周囲はドン引きするだろう…
一気に肩身が狭くなったちいは止血作業に勤しみますが、出るわ出るわでナプキン大量消費の大惨事

まあでも、これで目が覚めたというかですね~
2日連続・チョコレート摂取時に出血というのは偶然ではあるまいね~
自分を律する心が芽生えまして(おそっ)酷い中毒は脱する事ができました!

◇仕事が12/30で終わりました~!
昨年5月から始めた仕事は以前正社員で働いていた会社の方が声をかけて下さった職場
不妊治療で急な調整が必要になるかも知れない事、それに伴いいつ妊娠してもおかしくない事
あまりガツガツ働く気がないのでバイト扱いにして休みを通常より増やしてもらいたい、などなど
全て正直に話して、こちらのワガママな条件を汲んでくださいました

もちろん、限られた時間内でも自分のできる事で貢献させていただくつもりであることは大前提

真夏のつわり真っ盛りの時や、後期お腹が重くなってからはしんどく感じる事もありましたが
責任が軽い分ストレスも少なく、大きなトラブルもなかったし、良い体力維持になったかな
外に出てると色んな方が大きいお腹をいじってくれるのも楽しくて嬉しかったし…

最後チームの皆さんからステキな贈り物を頂きました!
2014sco.jpgマイケル+チム太÷2なカラー?
ロイヤルコペンハーゲン2014年限定のスコちゃんフィギュリン!!!
写真小さいですが本当に愛くるしい表情のスコちゃんです

猫バカなちいに…出産という記念すべき年の…しかもなんとも絶妙なこのカラー…
他の方からもベビー用のスタイやおもちゃ、ハーブティーなど色々頂いてしまい本当に感謝感謝です

ご縁があって、少しドライな言い方をしてしまうと利害が一致し以前の職場に戻ったわけですが
人との信頼関係や繋がりって大切ですね

まあ9ヶ月まで働いたおかげで出産準備が相当遅れていますけれど^^;1月中になんとか頑張ります

◇メデタイお正月
元日は例年通り、昼間にちいの実家で親戚大集合、夜に夫実家にご挨拶コース
30歳のイトコがこの秋結婚が決まった報告などもあり何ともめでたい2014年スタートでした!

近所の施設にそれぞれ暮らす、92歳のオジジ・オババにも会いに行きました
目が見えないオジジですがひたすらお腹をナデナデしながら「早く顔が見たいよ~!」だって
彼らにとっては3人目の曾孫になるのですが、絡ませるの楽しみだな~


31w1d 産婦人科検診 7回目
2013年12月17日 (火) | 編集 |
尿検査→腹部・経膣エコー→問診

・軽度の貧血により鉄剤処方
・若干体重増加のスピードが上がってしまった模様

基本的にはネタ切れというか、順調そのものという感じ
相変わらず1~2週間ほど成長が早いbigboyですが、36週以降に正確な大きさを測って
お母さんの骨盤とのバランスを見るそうです

仮に3800越えだとすると、「月に1人位はいるかな~」とのことでした…



この師走からのお正月シーズン、体重コントロールは課題かな~
しかしねぇ~パン・米・甘いものが美味しくて美味しくて><
つわり明けグアム旅行あたりからモリモリ食べてる割にそこまで体重が増えなかったので
調子にのっていたら案の定数字に現れはじめてしまった!

今月いっぱいで仕事も終わるし、寒さ本番、引き篭もりにも要注意です



ところで先日、区の両親学級に夫と参加してきました
人形を使った着替え・沐浴研修や助産師さんのお話などたっぷり3時間

その9割がたが「パパさん!育児がんばってね!」的テンション笑
周りのパパさんたちもモチベーション高めな感じの方が多かったです
私達は助かりますけれど、まあ時代ですよねー

妊婦体験させられて立ち上がれない、の図
写真 1重いのよ、分かっていただけた?

人形の背中を洗う、の図
写真 2M字開脚が癒されます笑

ボク達にできることあるかニャ??
写真猫の手も借りたくなるかもね~!
同じサイズ位の弟が来てしまうけど、うまく共存してくれる事だけが願いです!

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