乳がん6年生。その後の日々のこと。
フィギュアスケート世界選手権!
2016年04月05日 (火) | 編集 |
先週末は、3泊4日でボストンに行きました。

目的は…
フィギュアスケート世界選手権!
image2_20160405042548812.jpg最終グループの6分間練習

伊藤みどりさんの時代から、長年ライトなフィギュアファンであるちいですが、生観戦は初めて。チケットを抑えるのが遅れ、女子はsold outで取れず、男子フリーのみ。到着直後のロビーでは、佐藤コーチを見かけてプチ感動。

油断したらそのまま落下しそうな急角度のバルコニー、かつ頼みのモニターも電気で隠れるというギャグのような席でしたが地元アメリカ勢が好調だったこともあり会場全体がヒートアップ!ちいの後ろの席に座っていた日本人のおばさま達は、最終グループの6分間練習の途中で羽生君がジャージを脱いだ途端「あ、脱いだ脱いだ♡」「やだー♡興奮してきちゃった♡」と、なんですか、猥談ですか?ちなみに、この方たちは、フェルナンデスの時には「ミキティどこよ!ミキティどこよ!」と連呼していました。

まあ、全てひっくるめて、現地の空気というのは格別です。

image1_20160405042549781.jpg※羽生君です

羽生君の世界記録更新=金メダルという歴史的瞬間、その目撃者になるのだ‼︎と意気込んでいました。結果は残念でしたが、フェルナンデスのキレキレ神演技にはひれ伏すしかなく。本当に良いものを見せてもらいました。王者は孤独ではなく、切磋琢磨する素晴らしいライバルがいたのですね。これを平昌まで見られるのですね。幸せなことです。

真央ちゃんの闘いはホテルで生中継を観ていました。女子フリーも本当に熱かった!会場すぐそこだし!行きたかったなぁ。

余談ですが。
私が話したアメリカ人は一様に、フィギュアスケート⁇へぇ、ボストンでやるんだ…グレーシーゴールド⁇うーん誰だろう…という感じで、基本、あまり人気が無いようでした。長らくアジア及びロシア勢が台頭しているからかなぁ。
そのマイナー感バリバリの中でわざわざ会場に来る人達は総じてコアなファンが多そうで雰囲気も独特。帰りのエレベーターに同乗したおばあさんも、「あなた日本人?ユヅルは残念だったわね。でもハビエルは本当に素晴らしかった。あの中国のボーヤン?彼はフェノーミナンね!2人にとって脅威でしょうね、まだ若いし。それにしても素晴らしい夜だったわよね!ね!あ〜/:*?#$%&!!」となにやらずーっと話してくれました。

また、最後リンクをバックに写真撮影をお願いしたアジア系の女子2人、中国から来たというのでてっきりボーヤン君の応援かと思い、おめでとう〜!と言ったら「ありがとう、でも彼女、ユヅルの大ファンなの…」と笑

ちいは実のところメディアを通して見る羽生君の言動は若干苦手だったのですが…メダルセレモニーのあと、手を振ったら確実にこちらを見て手を振り返し、おじぎしてくれたよね‼︎ついつい興奮して夫に「今の見た⁉︎目が合ったよ‼︎私に手を振ってたよ‼︎」と叫んでしまい、その瞬間、前にいた人が、ここにアホがいるって感じで振り返ってました…そう、私も、猥談のおばさま達と大差ありませんでした笑

image3_201604050425506d1.jpgスポーツって素晴らしい!

普段、ど田舎で暮らしている故、ボストンという歴史ある街の雰囲気、マサチューセッツ工科大や、近頃O保方さんやらショーンさんで話題のハーバード大学といった名門校が醸し出すアカデミックな空気感も、とても新鮮でした。子供連れは大変ですが、やはり旅行って楽しいものですね。

スポンサーサイト
チム太の大脱走 その2
2016年03月08日 (火) | 編集 |
今住んでいるところは、アメリカといってもNYやLAのような大都会ではなく、車で5分走れば深い森か、またはだだっ広いのっぱらに馬やアルパカが放牧されているような田舎である。渡米前、夫と「猫が脱走するとコヨーテに食べられてしまうらしいよ。気をつけよう」と笑いながら話していたことを思い出していた。

もしやチム太もコヨーテに…?

でも………コヨーテってどんなのだっけ???

ブンブンと頭を振って妄想上のコヨーテを追い払う。

2歳0歳の息子達には、元気いっぱいの日曜の朝。食事の支度もスキップするわけにはいかない。夫が、通りのお宅へ順番に聞き込みに出る。許していただける限り、裏庭まで入らせてもらい捜索を続けたようだ。

小一時間で帰ってくると「見つからない。でも収穫があった」と言う。なんでも、ご近所コミュニティで招待制のFacebookグループがあり、そこに前日の夜11時に「玄関に白い猫がいて中に入れてくれと鳴いている。誰かこの子を知らないか?」という主旨の書き込みがあったのだという。ただ、その投稿元がどこのお宅なのかはわからないとのこと。夫はそのグループに招待してもらってメンバーとなり、連絡をいただけるよう返信をした。また、LOST CATのチラシとポスターを作成し、記事をアップした。

あたりに野良猫はほとんど見かけない。だからこそ、わざわざ親切に書き込んでくれた人がいたのだ。白い猫。チム太に違いない。しかし前夜の11時とは…私は捜索に出ていたはずなのになぜ見つけられなかったのだろう。もしかして相当遠いのか?寒い中、必死で玄関をカリカリする姿を想像して胸が苦しくなる。

風が強く、寒い日だった。雨も降ったり止んだり、安定しない。

家事がひと段落すれば夫と交代で私も外へ出た。聞き込みは英語の堪能な夫に任せ、私はとにかく家の隙間や駐車場などの捜索担当。辛い作業だったが、車道に轢かれた動物がないかも横目で確認していった。もしかしたら子供の方が視線が低いので見つけやすいかもしれないと、遊んでいる小学生には片っ端から声をかけた。

午前中の聞き込みでまた新たな情報を得た。まず、FBに書き込んでくださったお宅を特定できた。うちから6軒ほど先で、やはりそう離れてはいなかった。次に、そのお宅から通りを挟んだ斜め向いのインド人のお宅で、朝の9時と10時半頃、車の下に白猫がいるのを見たとのこと。…それってついさっきじゃん!夜を乗り越えたんだ、コヨーテに食べられてないんだ!確実に、影を感じることは出来ていた。そこに希望を見出しつつ、なのに、姿が見えないという、このもどかしさよ。

腹が減っては、とインスタントラーメンをかきこんで、近所にポスターを掲示しながら午後も捜索を続ける。インド人宅にお願いし、餌とキャリーを玄関先に置かせていただくことにした。

時間が無情に過ぎる。日が落ちてくると、私はまた気分が悪くなってくる。自分を奮い立たせ、夕方の4時頃だったろうか。家族4人で外へ出て、犬の散歩をしている人にチラシを渡していると、近くに車を停めた若い女性が声をかけてくれた。「犬がいなくなったの?」「猫です」彼女は近所の動物病院に勤務しているという。ペットを逃してただごとではなさそうな私たちの様子を心配してくれたのかもしれない。顛末を説明すると、失踪情報を病院から拡散してくれるとのこと。有り難かった。

夕飯にはカレーをかきこんだ。砂を食べているかのようだった。
この日はワインでも飲みながらオスカーの授賞式をライブで観ようと楽しみにしてたのだが、無論そんな場合ではない。長男は「チンター!カンバーーーク!!」(Chimuta, come back!)とその日覚えた英語を叫んでゲラゲラ笑っている。

夜の8時半をまわって2階のベッドルームで長男を寝かしつけながら、私はとうとう溢れてくる涙を抑えることができなくなった。「ごめんね。母さんがみんなの大切なチム太を逃してしまったよ。許してね」と語りかける。長男は母さんめんどくさ、関わるのやめよう、という感じで、この日は10分たらずであっという間に寝落ちした。夫はその間、次男をみながら、日本でいう保健所のようなサイトで、持ち込まれても殺処分されないようチム太の情報をアップしようと作業していた…はずだった。

なぜか階下で夫の声と、バタバタという物音が聞こえた。降りてみるといないので電話をかけてみる。するとある男性から目撃の連絡が入り、急いで外に出たが、また見失ってしまい確保はできていないとのことだった。場所は、やはり件のインド人宅の周辺。エサも減っているようだと写真が送られてきた。

image1_20160311071252238.jpg11:30

image2_20160311071249eb9.jpg17:00

image3.jpg21:00

居ても立ってもいられなかった。長男が完全に寝入ったのを再度確認し、インド人宅方面へ向かう。夫を含め男性3人がイソイソと動いている影が見えた。夫が「いたよ。いま裏庭に走って行ったみたいだから、中に入らせてもらおう。」夫以外の男性とは、目撃して連絡をくれた方と、インド人のご主人だった。

お願い。逃げないで。大丈夫だよ、迎えに来たんだよ。

裏庭に入ると姿は見えないが「ニ"ャア」というダミ声が聞こえた。

チム太だ!

「チム、来たよ。出ておいで。母さんたちだよ」

ガサッゴソッ!
BBQセットにかけてあるビニールシートの中から音がする。

夫がシートを持ち上げると「ビャアアアアアアア」というような雄叫びをあげている。あくまでゆっくり、驚かせないように近づいて…夜の9時半頃だったろうか。無事に確保となった。まさか違う猫ではあるまいと念のため顔を覗く。大丈夫。私たちのチム太だった。

連絡をくれた男性は、夕方、声をかけてくれた動物病院勤務の女性のご主人とのことだった。懐中電灯を持っている。そう、彼は偶然チム太を見かけたわけではなく、わざわざ、捜索に出てくれていたのだ。なんと温かい!有難さと安堵でまた涙が出た。部屋の中からインド人の娘たちが不思議そうにこちらを見ていた。

本当に本当に、周囲の方のご協力には感謝である。

家に戻ってチム太にシャワーを浴びせ、テレビをつける。どうやらディカプリオが無事に初のオスカーを獲ったらしい。アフターパーティの会場からの中継が始まっていた。華やかな画面が私の気持ちも高揚させてくれる。

夫はなぜかカレーを温めなおして食べ始めた。

こうして、夫婦と小動物4匹の、平和な日常が戻った。脱走して推定30時間。気づいてから24時間。すでに約2週間前のことになるのに、思い返すだけで吐いてしまいそうになる。私は一連の騒動で10歳くらい老けて、いま5歳くらい取り戻したかな…

不思議の国のアリスに「なんでもない日バンザイ。なんでもない日おめでとう」という歌がある。この脱走劇を通じて、まさにそうだと実感した。ドラマはなくても、皆が元気に揃っている、このなんでもない毎日が自分にとっては何より大切なんだと。
IMG_0941_20160312044402afb.jpg叩かれても引っ張られてもめげないチム太

その大切なものをきちんと守るため、気を引き締め直して、日々を過ごします!
長々失礼いたしました!!

チム太の大脱走 その1
2016年03月06日 (日) | 編集 |
未だかつてないナイトメアのお話。長文です。
・・・

我が家のチム太(トンキニーズ・雄・5歳)を30時間近く脱走させてしまったのである。
FullSizeRender.jpg

夫が先週の金土、2日間の出張に出た。アメリカに来てからというもの仕事の帰りは早く、育児をしっかり分担してもらえている。有難いことなのだが、それ故に、いざ不在となった時の私は相当にてんやわんやとなる。

土曜は長男のデイケアがお休み。リズムが合うはずもない2歳と0歳の、どちらか、または同時の泣き声を常に聞きながら時間が過ぎる。なんとか外遊びをさせて夕方4時すぎ、車の中で寝落ちした長男を起こさぬよう、そっと抱きかかえて玄関を開ける。後ろ足に戸を蹴って、ベッドへ直行。次男も落ち着いていて、ホッと一息。しかしここからの1時間ちょっとも、夕飯の準備などでゆっくりはしていられない。

じき長男が起きてくれば、夕飯〜お風呂〜寝かしつけまで一気に突っ走るのだ!

…今日は少し部屋の中が寒い気がするけど、気のせいかな?

寝かしつけに手こずり、夜の9時半頃、急いでリビングに戻る。お腹を空かせた次男が結構な長い時間大泣きしているのが聞こえていた。早くミルクをあげて、今度は次男の寝かしつけだ!

…うーん寒すぎる。明らかに風が吹き込んできている。胸がザワザワする。

案の定、玄関の扉が10cmほど開いていた。夕方、後ろ足で蹴ったきりだった扉。不覚。急いで鍵をかける。振り向くと、ロシアンブルーのマイケルが鎮座している。
「マイケルいるね!チム太はどこ行った?!?!」
答えてくれるはずもない。大泣きの次男を抱っこして家中を探す。いない。

玄関の外に出てみる。植え込みや車の下…いない。血の気が引いて眩暈となる。

ほぼ半狂乱の自分を必死に制して、抱っこ紐を装着しダウンを着て再度外にでる。次男が「え、なにごと?ミルクは?」というような怪訝な表情で見つめてくる。「ごめんよ。チム太を探さないと。チム〜チム〜〜」小走りに半径30m範囲くらいを回ったと思うが見つけられない。犬の散歩に出ている人とすれ違う。彼らにとって、赤子を抱えて半泣きでChimuta〜と意味不明な単語を呟きながら人の家の車やら玄関先を覗くアジア人は、不審者以外の何者でもなかろう。

一旦、家に戻り、次男にミルクをやってベッドに放り込む。

そしてまた外にでる。今度は懐中電灯を持って。でも気配すら感じられない。

0時過ぎに夫が帰宅。捜索してもらうが成果はなし。

ネットで「猫・脱走」などと検索して対策を考える。匂いがわかるように、猫トイレの砂とエサを周辺に撒いた。また、いつでも戻れるようにガレージを半分開けておき、いつも使っているトイレとベッドを設置。朝、そこでちゃっかり寝ててくれればいいな…

そこまでしたところで夜中の2時近かった。私は気分が悪くなってしまい、夫に今回の失態を詫びて、失意のまま横になった。こんな時に睡眠を取ろうとしている自分に腹がたったが、それ以上頭を上げていることはできなかった。

そして朝が来た。
ひどい胸焼けと頭痛で目が覚めるような、なんとも気持ちの悪い日曜の朝が。チム太のいない朝。夢ではなかった。

正直、チム太は手のかかる子である。
粗相をする。犬の如き人懐っこさで膝に飛び乗り、耳たぶをチュウチュウ吸ってくる、それはカワイイを通り越してもはやシツコイ。マイケルに比べて抜け毛も非常に多い。朝方ものすごいダミ声で鳴いたりする。誤食癖があり、靴下は何足食べられたことか。
…でもそれは全て当たり前の、私の日常風景だったのに。有難くて、幸せな毎日。こんなに大事な子だったんだ。チム太のダミ声が脳内リフレインする。

もし、チム太を見つけられなかったら…
見つけられたとしても、事故などに遭ってしまった亡骸だったりしたら…
どん底の妄想が止まらなかった。

私の人生は、チム太前/チム太後で大きく変わるのだ。
愛猫を守れなかった。この先、心から笑える日が来ることはない。笑えたとしてもそれは仮面。心はずっとずっと泣いたままだ。そんな母に育てられる息子たちも不幸なことよ…
周りには「ちいがチム太を脱走させた」と後ろ指をさされる。またはやたらに哀れまれる。そう私は一生、十字架を背負って生きて行く。
アメリカ生活も苦い思い出となってしまう。数年後、機上で、もう2度とチム太に会えないと、再び罪の重さを思い知るのだ。

ごめんよ、チム太。本当にごめん。

・・・
ここまで読んでくださった皆さん、心の声、聞こえてますよ。
「ちいさんて、アホなの?それとも、バカなの?」

そうですよね。そう思います。でも心底、大真面目に、絶望の淵に立たされていました。

その2に続きます。
長男2歳になりました
2016年02月26日 (金) | 編集 |
2月12日に長男は2歳になりました。
image2.jpg

1歳8ヶ月で弟を迎えて以降、週5日フルタイムでデイケア(保育園的なものです)へ通い絶賛バイリンガル化進行中。渡米前には、日本の小児科の先生に、英語が入ることによる言葉の遅れを予想されていました。今、彼の脳内でどのように英語と日本語を処理しているのか、果たしてその量がいかほどなのか、まだまだ拙いので正確にはわかりませんが、この半年で随分とおしゃべりにはなりました。

だってこちらに来る前は、「アッコ」「ネンネ」「パン」くらいしか言えなかったのが、今や「カーカ、チ◯チ◯、ナ〜イ」(訳:母さんには◯ン◯ンが無い)と3語続けられるんです!すごいなぁ。

image1_20160226170258d59.jpgエス!S!と言っています。彼のイニシャル。

弟が生まれた直後は母さん拒否が激しくなり、キーキー叫ぶ、弟を踏みつぶそうとする(汗)など、明らかな情緒不安定も見られました。言葉のストレスからなのか、デイケアのお友達を噛んでしまう事もあると言われ、少し心配していました。が、ここ数週間で急に落ち着いてきたようにも見え…弟を抱っこすると言ってみたり、オムツを持ってきてくれたり、また寝かしつけにおいては必ず母さんにご指名を入れるなど、彼なりに状況の変化に折り合いをつけ、受け入れる努力をしてくれているようです。成長に感謝!

好きなものは飛行機、車、電車で、ザ・男子!

飛行機図鑑を見ながら、そのロゴをあっという間に覚えていき
「ポッポーアイアイー!」(シンガポールエアライン)
「ルフッアンザ!」(ルフトハンザ)
「ブッシュ アイアイー!」(ブリティッシュエアライン)
「ディカン クックー!」(大韓航空)
「エーヌエー!」(ANA)
「ケーエルエンッ!」(KLM)
「タ〜イ!」(タイ国際航空)
などと嬉しそうに叫ぶ日々。
ちなみに 「エアドゥ」と「エバー航空」の発音は完璧(マイナー志向なのか?)
また日本航空は「トリ」だそうです。。。

車は赤がお気に入りの様子で、街中で見かけると「アッカイcar‼︎カッコウィー‼︎」と興奮状態に。

歌を口ずさむようになったり、音楽に合わせて踊ってみたり、相変わらず公園で体を動かすのも大好き。

生活の全てが日本とは勝手が違うので心配事は絶えませんが、母子ともに手探りしつつなんとか元気にやっております!
image1.jpgおおきくなれよ!

次男出産のとき
2016年01月05日 (火) | 編集 |
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

突然ですが昨年内アップできなかった↓お産記事を汗


2015.10.1 出産の日の記録〜
かすかな記憶をもとにしてるので、時系列は自信のない部分もありますが…

基本的な状況としては ◾️予定日まで10日残 ◾️1週間ほど前から前駆っぽい怪しい痛みあり ◾️夫、車で3時間の山の向こうに出張中 ◾️そのため3日前から義母が待機要員で在宅中 ◾️朝一に少量の出血あったが、まさかお印と思わず、日中はバラ園をお散歩していた 

AM0:00 陣痛開始。
結構痛いけどまた前駆かな?今騒いで収まってしまったらとんだ迷惑だなぁ…長男を起こすのも可哀想…できれば朝一でデイケアに送り届けてから行動開始したいな…ていうか、私も寝て体力温存したいんだよな…などと思案しているとアレヨアレヨと10分、7分、5分と間隔が短くなっていく。うとうとしては痛みで目が覚める。夫とは逐一電話。病院への確認電話もしてもらう。

AM3:30 痛み3分間隔に。
これはもう間違いない、来てしまったのだと腹をくくり、義母を起こして入院準備。アメリカの運転2年ぶりという到着3日目の義母と、快眠を妨げられ悲惨な1歳8ヶ月の長男、3分おきに悶絶するちいがiPhoneのナビ片手に真夜中のドライブ、珍道中すぎて一生忘れられない。

AM4:00 病院到着。
すでに陣痛は2分間隔で絶賛人格崩壊中。何も手につかないため義母にパンツを下ろしてもらい(!)後ろ開きのヘンテコなガウンに着替える。長男は一切騒ぐことはなく、なにやら尋常でない母をただじっと見つめていた(眠かっただけか?!)いつも外出先では落ち着いてなどいられない子なのに…空気を読んだのか、これには本当に助かった。子宮口6cm。「今日ベイビーに会えるわよ」というナースの言葉が優しくて、あーいよいよなんだなぁとこれまでの道のりを思い、涙が一筋。GBS陽性のためペニシリンの投与開始。

AM6:00 夫、下山。
入院する私の3倍くらいの荷物を抱えて夫が到着。ちょうど同じくらいに麻酔医の準備が整ったようで、ようやく無痛の薬を入れてもらえることに。これが入って直後からはも〜う!超気持ちいいー!お腹から下がジーンと痺れて完全に麻痺。パンツも脱げないほどにパニクっていた自分を思い出し恥じる。皆でここまでの経緯などなごやかに談笑。

AM8:00 義母帰宅、長男はデイケアへ。
夫の会社の方が協力してくださり、2人は病院を後に。いやはや、大変な一夜だったね…ありがとう。ところで、とてもラフなアメリカの出産。夫はソファで寝転びながら仕事の調整したり、カフェに行って朝食を食べたり…ちいは麻酔の影響でコントの老婆のようにガタガタ震えつつ(寒くはないよ)唯一口にすることを許された氷をガリガリ食べたり、日本にいる家族にLINEしたり。完徹になってしまっていたのでウツラウツラ居眠りも。麻酔の追加を自分でできるボタンがあり、少しでも違和感があればカチカチ!もちろん危険な量は入らないように調整されています。

AM10:00 気づかぬうちに赤子の頭が覗く。
様子を見に来たナースがワーオ!と。なんでも羊水に包まれた頭が股から覗いていたそう。夫に「見てごらんなさい!ほら髪の毛よ!」などとこれまたラフに話しかけ、夫もマタグラでワーオ!などと応えている。この、キラキラと膜に包まれた状態で頭が覗くのを幸運の証だとかなんとか言っていた気もするが定かではない。GBSのペニシリンを追加しなければならず急ピッチで投与される。せっかくお腹には順調に麻酔が効いているのに、この点滴が地味に痛い。てかもう産道通ってきちゃってるけど意味あるのかどうか。

AM10:30 いきみ開始。
仰向けになり足首を掴むよう指示される。このスタイルはちょっと新鮮。自分では陣痛の波が全く分からないため、ナースやドクターがモニターに合わせて声がけしてくれる。麻痺してるため力の入れ具合が難しい。長男出産時に連呼された「かったいウ○チを出すようにぃぃぃ!!!」という助産師さんの絶叫を思い出しながらいきんでみる。「グードグード!ビユーテホー!パアフェエク!」などと褒め続けてくれた。結構上手くできていたらしい。途中、談笑しすぎてモニターの波を見逃す、などの珍事も(笑)。

AM10:44 無事出産!次男お誕生日おめでとう!
本当に出たんですかというほどの無感覚。少し酸素が足りていなかった?のか紫色が濃く、産声を上げるのに少々時間がかかった。スタッフもバタバタしてて不安だったけど結果的には問題なかった様子。新生児の洗浄や測定も全て同室で行われた。前回会陰切開していた傷のところが若干裂けたとのことで縫合。アメリカでは切開よりも自然に裂けたほうが治りが早いとされているそう。2人目だから伸びもいいかも?と事前に言われておりそれに従った。諸々の処理を終えてカンガルーケア。

病院の食事は決まった時間に出されるものはなく、メニュー表が渡されて好きな時に電話で注文する、ルームサービスみたいなもの。空腹に襲われてフルーツやサンドイッチを大量に平らげた。2時間ほど過ごした後、入院の病棟に車椅子で移動し2泊3日の入院生活を過ごした。

長男出産時「なんとなく、やめとく」と言って立会いをしなかった夫。それがここでは妻の頭側から手を握って見守りましょう〜なんて生易しいもんじゃなく、その過程の全てを、終始、しかも足側から見る事となった。彼にとってもなかなか針を振り切った経験だったのではないかな。聞けばアドレナリンが出て、全然大丈夫だったとのことで一安心。


日本での自然分娩、アメリカでの無痛分娩、それぞれに思い出深く貴重な体験となりました。何より、二人とも元気に産まれてくれたことが本当にありがたく。関わってくれた全ての周囲に心より感謝です。


アメリカ妊婦健診の記録
2015年12月08日 (火) | 編集 |
今更ですが妊婦健診の記録〜
記憶は曖昧ですけれど〜


ちいは32w0d、すなわち妊娠9ヶ月ちょうどの日にこちらに引っ越しました。
この街で日本人の妊婦さんといえば!と必ず名前の上がる、日本語が話せるハーフのドクターがいるのですが、週数が進みすぎていたため受け付けてもらえず。
夫は英語が堪能ですが、医療用語はまた別問題。途方に暮れていたところ、夫の会社同僚でこの6月に出産したばかりという方が病院を紹介してくれました。担当は、穏やかなおばさまドクターS。もちろん日本語なんて話せませんが、ここでは外国人に必ず無料で通訳をつけるのが法律で決まっているとのこと。結局、分娩はその時に待機している別のドクターになるわけだし、言葉に関してはまったく問題ありませんでした。

このドクターS、アクアマリンのような薄いブルーの目をガッと開いてこちらを見据え、ゆった〜りやさし〜く話してくださいます。ちいは言葉が半分理解できないことも手伝って、いつもその瞳の奥に引き込まれて催眠術でもかけられたように気持ちよ〜くなっていました。9ヶ月のデカ腹抱えてハジメマシテーニホンカラキマシターという無鉄砲な患者を気にかけ、本当に親切に指導していただき感謝しています。

出産まで健診は計5回。毎回の超音波はなく、体重測定と尿検査、古そうな機械で心音を聞くのみ。アメリカでは妊娠初期と中期の2度だけ、徹底的に超音波をするのだそう。ちいはすでに後期に入っていましたがこちらでの記録が無いため1度見ていただけることに。

2015.8.21 32w5d 初診
乳がんの病歴はもちろん、ドラッグ使用歴、アルコール、タバコ、メンタル…とかなり細かい問診がありました。無痛分娩の希望を確認。割礼をするかどうか決めておくように言われました。ビタミンと鉄のサプリ接種の指導あり。この国の人達、サプリが大好き。
体重に関して、すでにかなり肥えていたし赤ちゃんも大きめと日本で言われていたのですが、ドクター曰く「あなたはすごく痩せているし、赤ちゃんもごく標準じゃないのか」と…
日本だと「プラス何キロまでしか太ってはダメ」と指導されますね。が、通訳さんに聞いたところ、こちらでは「プラス何キロ以上は必ず太って」という言い回しになるそう。健診に訪れるビッグな妊婦さんを見てると感覚マヒする〜

2015.9.4 32w6d Tdap(3種混合ワクチン)接種、超音波検査
赤ちゃんの内臓全てから、手足と指の数、骨格など…小一時間かけて全身をじっくり確認して写真を撮っていきます。すでに大きくなりすぎていて右手が見えなかったそうです(だからまだサイズの小さい中期に本来は行うのですね)。3種混合は日本の妊婦さんには無いかな?こちらでは百日咳の流行が懸念されていて、母体と共に胎児にも移行するように接種が推奨されているらしいです。同居の家族、うちの場合は夫も接種を勧められ、後日そこら辺のドラッグストアで打ってもらっていました。お手軽クスリ大国。

2015.9.11 35w6d インフルエンザ接種 内診あり
子宮口1cmと言われ焦りました…え、予定日まで1ヶ月あるんですけど、もう??聞くと第2子であれば早くから子宮口が開き始めるのは自然なこととのこと。

2015.9.18 36w6d GBS陽性の結果がでる
この日、いつものドクターSはお休み。代わりに診ていただいたのは眉間にシワのよった見るからに厳しそうなおばさま。産前産後のヘルプ要員について問い正され、なんとかなるだろーと何の人員手配も整えていなかった私はものすごい勢いでその準備の悪さを咎められました。「突然陣痛くるけど、どうするの?は?自分で運転?破水してたら運転なんか出来ないでしょーが。え?夫が運転?上の子どうするの?まさか1歳の子連れてくる気じゃないでしょうね。あなた言葉も不自由なのに何考えてるの!!早く上の子を見てくれる人を呼びなさい!!!」と…今思い出しても身震いするほど怖かったです笑。その会話全てを訳さなければならなかった通訳さんまでブルーになってしまい、二人して落ち込み、「あんな言い方しなくてもいいのにね…」と励まし合いました笑。しかし、内容はごもっとも。これがカンフル剤となって、心を改め、義母に早めにこちらに来てもらうことになり、結果的に大正解となるのでした…

GBS(B群溶連菌)は長男の時は陰性だったのですが、今回は陽性が出てしまいました。分娩時にペニシリンを投与することで赤ちゃんへの感染を防ぐことができます。

2015.9.24 37w5d
子宮口1cmで予定日(10月10日)に変更なし。ただ、2人目の出産というのは往々にしてトリッキー。自分でおかしいなと思ったらいつでも連絡し、病院に来なさいとのこと。もしそれで家に帰ることになっても何も恥じることではないのだから、と。
ああ癒しのドクターS!

で、確かにトリッキーに!

残り2回の健診予約を残しこの1週間後に分娩と相成りましたとさ〜

こちらに来る前は、いい加減な健診しかしてくれないのだろうというイメージで不安が大きかったのですが、完全予約で待たされることもなく(日本だと1時間待ちはザラ)ドクターもナースも本当にフレンドリーで内容もきめ細か、通うのがすごく楽しみでした。
38w5d 奇襲攻撃
2015年11月06日 (金) | 編集 |
可愛さとしんどさと寝不足具合と…

ご報告遅くなりましたが
2015.10.1 AM10:41 3240g(7lb 2.3oz)
元気に次男が生まれております

長男の時も初産なのに5日早まっていました
日本の産婦人科の先生には
「その人特有の生み月というのがあるんだよね(だから早まるタイプかもね)」
と言われていたうえ

今回は妊娠9ヶ月での海外引越がありました
生む3日前には船便が100箱届いて(棒)必死の開梱作業が続きました
だって疲労困憊で退院して段ボールハウスなんてイヤ過ぎるし!!

そりゃお産も進みますわね
子供、ガンガン降りてきますわね

それとなく覚悟をしていたつもりなのですが
いつもの楽観ズボラ癖で大した準備も整っておらず…
突然夜中に訪れた陣痛からの、相当なドタバタ出産となりました

まあでも、きちんと正期産なわけで
頑張ってお腹の中にいてくれた方ですね!ありがとう息子!

あまりにも違う日本とアメリカの医療事情
検診から出産の記録もフレッシュなうちに残したいのですが
今の私には全てにおいて余裕がない〜♫いつできるかな〜♫

それにしても無痛分娩はパラダイスでした
楽しかった!
痛みとしては、頑固な便秘を解消する方がよほど大変かも

長男の時の36時間ってやはり産後の心身に相当なダメージを残したので
あの、人格を崩壊させる、女を獣に変える(?)陣痛たるものを
一瞬で取り去ってくれた麻酔科医はまさに救世主、神に見えたよね〜

IMG_0272.jpgこれでもかって位ギュウギュウ笑
入院中、ずっとです!胎内の雰囲気?で安心できるそう…ほんまかいな
頭から体温が逃げるとされているとの事でお帽子も

ところ変われば、ですね

混乱の我が家にやって来た第5のオトコ(上は夫、オス猫2匹、長男)よ
いろいろ大変だったけどよく頑張った!元気に生まれてきてくれてありがとう!
折角なのでとミドルネームを考えてみたけれど、間に合わなくてごめんね!笑

また引越しました
2015年08月27日 (木) | 編集 |
今、ちいはアメリカの某都市にいます
旅行ではありません…
夫の転勤に伴い、新築1年、妊娠9ヶ月、息子1歳半、猫2匹
東京の記録的猛暑の中、お引越ししてきたのです‼︎

期間は未定です
数年単位になるのでしょう

正式に決定したのは5月頃かな?
もともと、海外転勤の可能性はあり、拒否はしないというスタンスでした
しかし時代に逆行し「今じゃないでしょ!」がちいの第一声だったよね…

まあでも、どんなタイミングであっても良し悪しがあるのだろうと考え直し

一番の心配事である出産に関してもかなり悩みましたが
産後の疲労と混乱を思い返すとそこでの引越こそ現実的とは思えず
小動物の頭数が1匹でも少ないうちに動こうと決めたのでした

フライトの日がちょうど妊娠9m0d
こちらにきて、約10日が経ち、ようやく時差ぼけが取れたかな?

本当に、ここ数ヶ月、肉体的精神的にバタバタしました!
いやでも、逆に先の事を考えるのが面倒すぎて、現実逃避ばかりしてた気もします

良い子は真似しないで欲しいけど、でも、結構無茶できるものですな
基本、頑丈にできてるんでしょうな

先週、産婦人科のドクターともお会いでき、今は少しホッとしているところです

アメリカの生活についても、少しずつ記録していけると良いのですが



こちらにきたストレスを軽減してくれているのは、爽やかに乾いた青い空
そしてオーガニックが盛んな土地柄でとにかく野菜や果物が美味しいということ!
スーパーで容易く購入でき、ファーマーズマーケットもそこかしこ

息子の食べ物に関しては、日本でちいなりに気を配ってきたつもりなので
こちらの食糧事情を心配していましたが杞憂でした
オーガニックがすべての解決策ではないにせよ意識が高いのは有難いこと

見たこともない青菜でスープ作ったりしてますが息子も喜んで食べてくれます
乾物や出汁関係は日本が一番だろうと、たくさん持ってきた甲斐がありました

明日の朝食は、お出汁で煮たケールです笑

課題はやはり日本の心・お米(ほとんどカルフォルニア産の日本米)かな〜
納豆やお豆腐もあるにはあるけど…うーん何かが違うという感じ
タンパク質はいろいろ工夫が必要そうです

余談ですが、グラノーラやナッツ系、チョコレートなんかも美味しすぎ…
日本であれだけセーブしてたのにサッサと解禁してしまい
いま、どれだけ肥えてしまったのかしら…
病院で体重計ったけど、kg単位じゃないからよく解らなかった…

shu_20150827145424bed.jpg美味しそう!
奥の緑はこちらでもshishito表記で売られていました
オリーブオイルでさっと炒めて美味しいお塩振りかけて
スペインで食べたピミエンタス風にすると最高です!

ビールが飲めれば文句ないけど、いましばらく我慢です

そんなわけで、鈍い更新となりましたが今後ともよろしくお願いします

2人目不妊治療② 陽性判定~卒業まで
2015年04月09日 (木) | 編集 |
2015年1月29日 生理27日目
妊娠判定

■E2...161 P4...35.6 β-HCG...68.5
陽性デター!

移植時にネガティブになってたとはいえ、もちろん、期待が無かったわけではありません
がんばって胚盤胞まで育ったのだから、この先も生かしてあげたい
でも息子が誕生してくれたこともあり、もし2人目もうまくいくのであれば
それは本当に本当にサプライズギフトのようなものなのだと
駄目だった時の保険で自分を制する日々でした

ゆえに、いつものように、まるで何ごとも起こっていないかのように淡々と
Dr 「はい、陽性出てますよ。」と言われた時には、思わず力が抜け
ち 「○○○(クリニックの愛称)ってすごいですね…」と低音で呟いていました

<お会計>
13,600円
うち膣座薬代が6,600円!!!高いなチクショー

でも黄体ホルモンの数値の安定がもはや自力なのか薬のおかげなのか不明なので
続けないといけないらしいです

2015年2月8日 妊娠5w1d
胎嚢確認
血液検査→内診

■P4...30.0

エコー写真にはサイズ?9.7mmとの記載有

<お会計>
15,000円
うち膣座薬代が9000円!!チクショー

2015年2月14日 妊娠6w0d
甲状腺病院

■TSH...1.94

よし!下がった!(2,5以下が望ましい)と思いきや、下がり方イマイチ、とのこと
結局チラーヂン増量…

<お会計>
2,750円

2015年2月22日 妊娠7w1d
心拍確認 問題なし
血液検査→内診

■P4...33.5

<お会計>
10,200円
うち膣座薬代が4200円!!まだ継続か~もう諦めはいる

2015年3月2日 妊娠8w2d
膣座薬の効果見極めのため通常より通院が増えております…
血液検査→内診

■P4...34.8
ようやく膣座薬終了のお達し
まあるい卵黄嚢がきれいにエコーにうつっていました

<お会計>
6,000円
あら安いと感じる自分が怖い

2015年3月9日 妊娠9w2d
クリニック卒業!

■P4...28.9
エコーが秒殺だったので、心拍がよく見えず
ち 「あの…心臓ちゃんと動いてましたでしょうか?」
Dr 「あ、よく見えませんでしたか?体自体もバタバタ動いてましたよ」

ホッ

前回もですが、特に卒業おめでとう!的うきうきセレモニーは無く
淡々と希望の産院を聞かれ、紹介状をいただきます
また妊娠中期と産後に送る経過アンケート用紙などの事務説明があり
怒涛の約2ヶ月、もとい、私の不妊治療はこれですべて終わりました

<お会計>
9,300円

<再開後のクリニックおよび甲状腺病院累計>
206,111円

<治療合計>
1,168,698円

これに凍結胚の保存料が半年で2万弱必要
2013年5月に凍結が確認できているので…7-8万でしょうか?
かつて地元のクリニックでタイミング療法を受けていたとき10万くらいかけた?かな
(どんぶりですみません)

2人授かるのにだ~いたいですが、130-140万くらいですかね
確かに高い(実際、大変)けど、息子のことを考えるとお金に代えられないと感じるし
こればかりは個々人の価値観で行動するしかないということで…
運命を受け止め、周りに感謝し、日々を大切に過ごして行こうと思います!

2人目不妊治療① 再開~移植まで
2015年04月08日 (水) | 編集 |
2015年1月14日 生理12日目
不妊クリニック再開初日
子宮頸がん検診結果および風疹抗体の最新結果の持参指示あり
(息子の産院にて2014年末にシロ確定済み)

多項目の血液検査あり その中で引っかかってしまったのが
■TSH(甲状腺刺激ホルモン)...2.7

基準値は 0.2~4.5 で普通に生活する分にはまっっったく問題ないのですが
妊娠希望の女性は2.5以下が望ましく、それ以上だと流産の確率が上がるとのこと

ち 「え?これまで指摘されたことがないのですが?!」
Dr 「最近注目されている検査です。うちでも取り入れたのは最近ですけどね」

甲状腺専門病院の紹介状が出る

<お会計>
保険外 15,087円
保険内 4,670円

2015年1月16日 生理14日目
甲状腺専門病院 初診

この病院、おしゃれストリートのど真ん中にあってその存在は知っていたのですが
ちいは失礼ながらずっと、頑固に立ち退かない古い個人病院?位に思ってた…
どっこい日本でも甲状腺といえばココ!というほどの有名病院なのですね
老若男女の患者さんであふれてました

問診で、「昆布をものすごく食べてたりしますか?」と聞かれたけど…
ものすごい量の昆布って基準がまったく分からず答えに窮しました

要はヨード?が良くないらしく、イソジンとかも使わないでね、とのこと

■TSH...2.74 とクリニックの数値とほぼ一致
チラーヂン処方

ち 「この後胚盤胞移植が控えていますが服薬に問題は無いのですか?」
Dr 「まったく。むしろ赤ちゃんの成長を助けます」

<お会計>
7,620円

2015年1月17日 生理15日目
クリニックにて排卵予測
血液検査→内診→問診

■E2...65 LH...30.0 P4...1.2

移植日が決定する

2015年1月22日 生理20日目
凍結胚盤胞移植
血液検査→医師問診→培養師問診→移植

■E2...108 P4...10.6
P4(黄体ホルモン)低、11以上が望ましい→膣座薬処方(これめんどくさ%$&##7…)

■移植する胚のグレード 115-140-1-18-1-A
胚盤胞が確認できたときの時間-115
最終観察時、または凍結できた時間-140
アシステッドハッチングの有無-1(AH有)
観察時または凍結時の胚盤胞の大きさ-18
胚盤胞の形態的評価-1(とても良い)
年齢、発育速度、形態的評価を考慮した総合評価-A(とても良い)


色:青 OV:4,5 子宮内膜:7mm
胚はとても良い状態のものらしく一安心

ただ息子の時と大きく違うのが
アシステッドハッチング(透明体除去)が必要だったこと(これで+2万ね)
私の子宮内膜が今回7mm…息子のときは10mmだったからチョイ薄くない?
黄体ホルモン低、甲状腺ホルモン高、改善の為になんだかクスリまみれじゃん

なにかと自分のコンディションが悪い気がして思考はネガティブループに…

それでも息子を授けてくれた神クリニックが移植にGOを出すのだから
問題ないはずなのだ、と自分に言い聞かせました

<お会計>
125,604円
6,480円(胚保存料2ヶ月分)

通常は半年に1度かな?保存料金の振込用紙が送られてきていました
これはこちらから破棄の連絡をせずにお金を払えば、永遠に-196℃で眠り続けます