乳がん6年生。その後の日々のこと。
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遺伝性乳がん・卵巣がん遺伝子検査をうけた
2015年02月22日 (日) | 編集 |
昨年10月、もろもろの経緯ときっかけあって
遺伝性乳がん・卵巣がんの検査を受けていました
一般的には、アンジーの検査って言えば分かりやすいのかしら

罹患当時からBRCA1/2変異陽性疑い満載だったちいの乳がん
これは間違いないと思い込んで早8年以上
(この辺の記事でもチラッと触れています→アンジーの件でわしも考えた
ついにやつの本質に迫るチャンスがやってきたかと若干高揚(すみません)

乳がんはもうやっちまったわけなのでこのまま経過をしっかりみていくこととしても
40過ぎたら卵巣の予防的切除なども考えようかなー!
でも100万か~高いな~~貯金だな~~~などとグルグルする日々

カウンセリングを受けていく中、医師から
遺伝子情報とは究極のプライバシー/個人情報、
ただ日本では保険や雇用などで受けるかもしれない差別のようなものを
禁止する法律が無いので、軽々しく人に話すことでは無い…というような
アドバイスをいただいたのですが

あのね、結果、陰性だったから別にブログに書いていいよね

ま~さ~か~の~オリジナルがんだったのね

でも、怪しさ満載なのに陰性というちいみたいな人はグレーゾーンに属するらしく
(遺伝性乳がんのうち約50%がBRCA1、30%がBRCA2、後の20%がグレーとなるらしい)
既にBRCA1/2以外に判明しつつある遺伝子変異も3つほどあるそうで
ちいの情報は今後も保存・解析・研究され、なにか判明すれば連絡をくださるそうです
おお1ヶ月くらいで電話でもくるのかと思ったら、「3年ほどかかる場合も」とのことで

もうその頃には採血したことすら忘れていそうです

陰性だったことで一気に熱が冷めたので、詳しい情報を知りたい方はこちらを参考に
→遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の情報サイト

家族も「へぇ~、それは…よかった…???んだよね???」と困惑気味
まあ25万近くかけてるわけですけど(汗)結果としては

○50%の確立で子供に遺伝する、BRCA1/2に関してその恐れが無くなった
→ちいのとこは息子だけど、男性に遺伝した場合、前立腺がんの確率があがる

○BRCA1陽性の場合70歳までに卵巣がんの確率40%、これが一般レベルまで下がった
→1%くらいに。でもママも卵巣がんだし、ちいの場合3%とかもう少し高いかも
それでも予防的切除を考えるほどではない数値

○陽性だった場合、3ヶ月に一回など結構な頻度で卵巣チェックのため通院
その必要性が無くなった

ということなのでね…うーむ
ちい的に正体不明ってのはモヤッとポイントだからどちらが良かったとは言えないかな~

というなぞのご報告でした!!!

※医師とのざっくりした会話とその記憶を元にした記事なので鵜呑みにせず
検査や数値の詳細は各自信頼できる情報にあたってくださいネ!
拙ブログに起因する不都合には一切の責任を負いませんのでご了承ください
2014年小旅行の記録
2015年01月25日 (日) | 編集 |
夏の友人宅BBQでカートに乗る息子!
コピー ~ zataku

夏っていつよ、と…すみません
ブログのアップを2014年の最終目標としていましたが

あっけなく年は明け、1月も終わってしまいそう…ふぅ~

あけましておめでとうございます?
寒中お見舞い申し上げます??
ちがうよね~てへ

出産前には、赤子連れの海外も意外とイケる、などと聞いていましたが
いざ企画の段になると荷物の多さを思って飛行機がどうしてもはばかられてしまい
国内、それも近場ばかりですが息子を連れてチョコチョコ旅行してました

そんな記録をサクッとまとめて

2014年9月 以前より念願の上高地へ!

妊娠前から山ブームが来ていた我が家
夫は息子を担いでアチコチ登ったりもしたいらしく、キャリーをゲット!
IMG_1932.jpg計20キロくらい?

松本市内の温泉旅館に2泊3日しました
雨が降ってしまいそれだけが残念でしたが、上高地、噂に違わぬ美しさ
そして歩きやすさ!だって舗装もされてるし、ほぼ傾斜ないから!

それでも夫の足腰はプルプルだったようです
本格的な山なんて夢のまた夢ですな

IMG_1961.jpg雲きれいでした

1日だけのつもりが、あまりに素晴らしくて2日間かけ上高地を堪能
東京に戻ったその日に、御嶽山のニュースが…
今後、山とどう向き合うべきか、改めて考えさせられました

2014年10月 じいじと伊豆へ、息子初めて海を見る

孫命のちい父が川奈の温泉に連れて行ってくれました
海を見せたい!とのことで
IMG_2058.jpg城ヶ崎をお散歩
吊橋あり灯台あり、迫力の絶景あり!
海はマイナスイオンの宝庫だね

父と夫の協力により
息子は初めて大浴場の温泉、それも露天風呂に入ることができました!
いつもツルツルだけど、ますます輝く赤子のお肌
ああ羨ましい…

2014年クリスマス 軽井沢へ
IMG_4894.jpgさむいー!

息子初めての雪景色!
思いつきでとった駅前の大型ホテルで期待値は高くなかったですが、ぜんぜん充分
子連れにはあのザワザワな感じが有難かったりもしました

ビュッフェで初めて大人の取り分けにチャレンジしてみたり!

離乳食も準備していきましたが、同じ食事から分けて食べられると
なんだかそれだけでえらく成長した感じ~
ちいも気が楽になるしね~

それにしても軽井沢、7割いや8割は、アジア系外国人客だったね
自分たちのほうが異国に来てるのかと思いました

大宮から45分の至近!で便利だし、アウトレットゆっくり見に行きたいな…無理かな…

・・・
うちでは猫たちと程よい距離感で共存してます
コピー ~ IMG_2200あったかいんだからぁ

特に猫としての自覚が無さそうなチム太とは…
IMG_2198.jpgスキスキー!!!

いくつか記事にしたいことが溜まっているのですがまた改めて
本年もよろしくお願いいたします




息子6ヶ月20日
2014年09月01日 (月) | 編集 |
shu6バリカンで3mmに…
だって放射状に髪が伸びてしまい、お友達に静電気?と言われるほどだったので(笑)



未だかつてないブログの放置具合ですが、ちいは生きてます

いやー、育児、意外とアイドリングタイムもあったりはするのですが
心に、なにかと余裕がないと言うかね!
産後は記憶力・集中力も相当低くすっかりぼけっとした人になってる気が

これいつか取り戻せるのでしょうか

7月末にはマンションから戸建に引越しまして
赤子1、猫2の小動物3匹を引き連れた酷暑の引越しでこれまた憔悴しきっておりました
今年は人生の大きなイベントこなしすぎてる気がします

ヨダレマンこと息子は今日で6m20d、各種検診も引っかかる事なく元気いっぱい
よく飲み、食べ、笑い、喋り、動き、寝て、あまり泣かず
親バカ以外のなにものでもないですが、よい子に育ってくれていると思います

4m18d 寝返り成功
5m14d 下の歯2本確認
6m6d 離乳食開始
6m10d 寝返り返り成功

今はまだ腰は座っていないのですが、絶賛ハイハイ練習中
四つん這いでお尻をフンフン振ってみたり
カエルのおもちゃのようにピョコピョコ飛んでわちゃわちゃ移動しています

または仰向けのまま、足を床にバンバン叩きつけつつ上げ下げすることも

その音は階下まで響き渡り、骨折しやしないか心配になるほど激しいです

なんだか面倒そう…と少し遅らせていた離乳食をやっとこさ開始してから
これまでの動きとは明らかに一線を画しています
食べる準備万端だったのね^^;

それにしても米力、パワーオブライス(なんじゃそりゃ)すごいです

shu7雨の清里
お友達の別荘にお邪魔させていただき、8月、息子初旅行!
ちいにとっても産後初の東京脱出、大自然に癒されました~
山歩きも徐々に復活したいなぁ
It's back!
2014年05月20日 (火) | 編集 |
子の生後3ヶ月6日で、月のものが戻りました
なんとも早い…一応、細々と母乳も続けているのに…

しかも、ガラスの十代を思い出すような大出血祭り~!!!

書いてて気付いたのですが、この名曲はアノ方の作詞作曲なのですね
ちいも中学生の頃など良く聴いていた世代ど真ん中なので残念です
かつて神と崇めたTKさんもクスリではないけど前科者だし、
才能のあり過ぎる人ってのは孤独で不安定だったりするんですかね

と、そんな話はどうでも良くて!!月のもの!!!

近年、特に乳がんでケモって以降は顕著に、とても出血が少なくなっていました
それはそれでラクでしたけれど、体の機能としてはあまり良い傾向ではなさそうだなと思っていました
(不妊治療の先生は、関係ないと仰っていましたけど)

そして産後の悪露と、それがようやく収まってからのオリモノ、これすごくストレスでした…
なんとも言えない独特のにおいがあるのですよね

ここでまたまた話は変わりますが
デブだのハゲだの、お前の母ちゃんデベソだの、人にダメージを与えるための言葉は数あれど
もっともキツイのが「クサイ」なんだそう、っていつか何かで読みました
(出典元が謎なので嘘かも)(でも確かに読んだので、信じてるんです)

なので私自身、よほどガマンできない時以外はこの単語は口にしないようにしてるし
まして自らを「クサイ」と認めるのは、いくら出産という大仕事の後とはいえ、なかなか辛いもの

が、正直に言おう!
産後、私はクサかった、と!!!

でね、だからこの大出血には多大なる期待を寄せているというか
この際、子宮の大掃除!デトックス!!という前向きで清々しい気分なのですよ
実際、いまはほとんど臭ってない(はず)です

おとうさんが亡くなる数日前には、奥の歯茎が腫れて口を開けるのもままならなくなり
歯医者で切開して膿を出したりもしてたんです、そんなこと初めて…

そんなわけで高齢出産、色々ガタが来てたりもしますが、
少しずつ、元に戻ってきてるのでしょうね
月のものがひと段落したら、体重ももう少し落としたいなー!



さらに話を展開させよう
先日、夫に「ちいはなぜfacebookをやらないの?」と聞かれました

答えは簡単

こういうぶっちゃけた記事が書けなさそうだからです!

仲間向けに当たり障りのないことを書く、または連絡ツールとしてのみ活用すればいいのか
でもテーマを分けてブログと2本立てにするのも、もはや面倒…
乳がんの過去を告げないで社会生活を送った期間が長くなったので余計そうなのかも

なんてねー

意外とやり始めたら大いにはまったりするものなのかもしれないけどね!
まあやっぱりここで自由に泳ぐだけで、ちいは満足~☆
私の「おとうさん」
2014年05月08日 (木) | 編集 |
4月の頭から誤嚥性肺炎で入院していた「おとうさん」=祖父が4.24に亡くなりました。
(親達がおとうさんと呼ぶので孫世代がそのまま祖父をそのように呼んでいるんです)

92歳、男性の平均寿命はとうに越えているので一般的には大往生ですよね。
だからちいも、この死に理不尽さは感じないけれど
いつも無条件に自分を肯定してくれる人がいなくなったことは何とも言えず寂しい…

以前より拙ブログでも何度かこのおとうさんの事を話題にしてきました。

2007.3.8 『リスクって一体』
2007.10.12 『ちい散歩』
2008.2.11 『レッツ英気養い』

小さい頃から人間的にウマが合ったというのかなぁ。

アクティブに孫とガンガン遊ぶ!というタイプの人ではなかったけれど
卑弥呼および邪馬台国が好きで関連書籍は全部うちにある!と言い切ってひたすら読書したり
趣味の書をしたためたり、お手紙や会報の記事を書くといった作業を黙々と行っているその横で

ちいはゴロゴロしながら1人で漫画を読んだり、ワープロを借りて詩集めいたものを作ってみたり

そんな風に何時間でも過ごしていられました。
デパートや映画や公園に行くよりも、とても心が落ち着いたし、楽しかった。

身体は丈夫でも、若い頃から目だけは悪くて晩年はほとんど見えていなかったようです。
だけど今年のお正月はちいのでっかくなったお腹を優しくさすって「がんばってるな」って…
「早く顔が見たいよ~」なんて言っていました。

本当はその位元気なうちに会ってもらいたかったけれど、初対面時は既に寝たきりに。

亡くなる前日にも息子を連れてお見舞いに行き、横に寝転がしておきました。
息子、なぜか声高らかに大爆笑!
手足をバタバタ動かして、おとうさんに襲いかかっていました^^;

息子なりのご挨拶だったのかな??

ちょっとヒヤヒヤしたけれど、元気な曾孫が生まれたこと、きっと分かってくれたと思います。

うちはなかなか子供ができなかったけど、おとうさんが何かしらの力で授けてくれて
お宮参りで産土神様への報告が済んだところで「もう大丈夫」って召されたのかな、とか

いろいろ考えてしまいます。

ちいの友人は「おじいちゃんと息子君は、引継ぎMTGしたはずだ」って^^
でも本当にね、そんなようなタイミングで…世代交代ってことなのかもしれませんね。

数年前に正式に「アルコール依存」を医者に告げられたおとうさん。
ここ3年ほどはお酒も飲めなかったけど
これからはいくらでも!なんならお酒の海で泳いでね!と
家族みんなで棺に日本酒をたっぷりと注ぎお見送りしました。

かける言葉は「ありがとう」やっぱりこれしかないです。

楽しいお話、貴重な文通体験、いつも可愛い可愛いと言ってくれた事、沢山褒めてくれた事
その独特のユーモア、愉快な生き様。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。おとうさん。
またいつか、一緒にお酒を呑もうね!
産後ブルーの日々②
2014年04月03日 (木) | 編集 |
かくして、入院中から母乳についての検索魔と化しiPhoneとニラメッコしていた。
産褥期に目を酷使した私は、多分、更年期に真っ先に目をやられるんだろう。もう諦めた。

母乳だけじゃない、この間まで繋がっていたはずなのに息子の全てが未知だった。
前も後ろも、右も左も分からない。
猫の慣らし期間を考え実家に戻ったのだが、父・夫、男所帯の我が家は全員が子育て初心者で抱っこすらおぼつかない。
神経が張り詰めているのが自分でも分かった。ジャックナイフ母。

結局、妊娠中は出産がゴールになっていて自分の事しか考えられていなかったのだ。
産後の具体的な生活をイメージできていなかった。可愛い洋服、カッコイイバギーなんてどうでも良かったのに。

育児書、母乳育児の本、予定外だった大量のミルクやらをポチポチしていった。
母乳育児を妨げない哺乳瓶なども新たに購入した。

どうしても迷った時は先に母になっている友人達にSOSを出した。沢山助けてもらった。

母乳分泌に大切な事は 産後直後からの頻回授乳、赤ちゃんが欲しがるだけ何回でも。
(母乳推進のスパルタ病院だと、ミルクは与えなかったりもするらしい)
そして、栄養・睡眠…ママのストレスは大敵なのだとか。

でもそれって産後の実生活とは真逆のことを求められてる気がした。
母乳を枯らせないためにはミルクの前に必ずおっぱいを吸ってもらわないといけない。
おっぱい→調乳→ミルク→哺乳瓶洗い→ゲップ、オムツを換えて…軽く小一時間はかかる。
睡眠なんて細切れ必須だし、ゴハンをノンビリ食べてる余裕なんてない。

私は必要以上にテンパっていて、髪にブラシを1回通すのに1週間かかった器の小さい人間だ。

何より、出ない母乳が特大のストレスそのもので、まさにデフレスパイラル。

頻回授乳といわれても、既に結構な量のミルクを与えてしまっている我が子はよく眠った。
消化の良い母乳と違い、ミルクは腹持ちがよいのだそうだ。
母乳を増やすにはミルクを減らして空腹感を煽り、泣いてもらい、吸ってもらうしか方法は無さそうだったが、自己流でそんなことをして万一、彼の成長を妨げてしまっては本末転倒な話だ。

正直、自分でもナニを目指しているのか良く分からなくなっていた。
母乳とミルクの混合と言っても、この先外出などが増えたら上記のようなルーティンを続けるのも難しそうだ。搾乳して与えられるほどの量も無い。

使い物にならないおっぱいなら、早く誰かにそう言って欲しかった。
そうすれば、迷いなくミルク1本(=完ミ)にできるのに。

埒が明かなくなり、産後2週目から区の保健師さんや助産師さんの訪問をお願いしてひたすらブルーを訴えた。
産院の母乳外来、および、母乳育児を推進している相談室に通いマッサージも受けた。
明確な答えが出るわけではなかったが、いろいろな気付きもあり、また具体的に動き始めた事でほんの少しずつではあったが気が晴れた。

息子の体重チェックも兼ねて週一のマッサージ通いは今も継続している。
ミルクをどの位足すかはずっと悩みどころだが、色んな意見を自分なりに解釈して量を決め、細々と混合栄養を続けている。

が、やっぱりおっぱいはほとんどおしゃぶり状態で実質ゴハンとしては機能していない感じ。

全く母乳ってヤツは…今日でなくても、明日でるかもしれないと思うとなかなか止め時も難しく。
今は、もう少しだけ頑張ってみて、時期が来たら完ミに移行しようと思っている。
4ヶ月、また6ヶ月、はたまた1年かけて完全母乳(=完母)になる、また母乳比率を半分や三分の二程度に持っていく人もいるらしいが、根気と信念、根本的な体質、理想の生活スタイル…色んな要素が絡むかと。

というわけで
貴重な新生児期を泣いて過ごしてしまったことは勿体無かったし、本当に情けないけど
少しでも母乳をあげたいと思い立ち行動した事は、不器用な私なりの母性だったのかな?とも感じている。

実は未だに「母親」としての自分に実感が沸かない。
ただ、私のミスで将来に影響が及ぶような事があってはならないし、この子を守らなければとは強く思う。
その意味でミルク缶にご丁寧に書かれている「赤ちゃんにとって最良の栄養は母乳」というのを
なんとか実現してあげたかったのかな、と。

(余談ですがこの文言って必要なのかね?今まで4ブランドのミルクを購入してみてるけど全部に書いてある。決まりなのかな?そんなの分かりきってるし、事情があってあげたくてもあげられない人にとっては余計なお世話だと思うのだけど)

半年経てば離乳食が始まり、過ぎたことはすっぱり忘れてしまう位悩みは次々出てくるそうで
当たり前だけど子育てはノンストップ。一旦休みも、振り出しに戻るもない。

もっと大らかに構えて、楽しみたい。これからは息子と一緒にたくさん笑いたい。

そのために、自分にできない事を嘆くより、できる事をしっかりと。まだまだ修行が必要だけど。
へっぽこ母さん、これからも頑張ります!
産後ブルーの日々①
2014年04月02日 (水) | 編集 |
長くて暗い記事を2回に渡ってお送りします~
そんなこともあったな、という記録です

……

今はだいぶ落ち着いたが、
産後1ヶ月を過ぎるあたりまで心身共に自分史上どん底に近い状態だったように思う。

まずは身体のこと。
前の記事にも書いたように、微弱陣痛タイプだった私は丸2日間ろくに眠らずに唸り続けた。
ときに貴重な毛髪を毟り取らんばかりの勢いで引っ張って、痛みを逃した。
(後に夫が「あれは怖かった…」と漏らしていた)
なかなかお産が進まないため促進剤を少量から始めたが効きが悪く
最終的にはかなり量を増やし、更に助産師さんに上からお腹を押してもらって
ようやく3525gのビッグな我が子と対面できた。

そんな、いまだかつてない疲れの中にいるはずなのに、直後は躁状態だった。
目がランランと冴え渡り、産後2日目には一睡もせずに朝を迎えることとなった。
(ちなみにこの日の深夜がソチの男子フィギュアの日だったがそれを見ていたわけではない。)

次の夜からは睡眠導入剤を処方してもらい、ようやく3,4時間眠れるといった有様。

そこまでして眠れたのにも関わらず…自律神経が狂っていたんだろう。
真冬だというのに滝のような寝汗をかいて、目が覚めるとガタガタ震えた。

この酷い寝汗は、退院してからもしばらく続いた。
疲れを癒すための睡眠で余計に体力を消耗しているように思えた。

そしてメンタルのこと。
もともとホルモンバランスが崩れて産後ブルー・産後鬱に多くの人が陥る事は知っていた。
不安になる、自信がない、わけもなく涙が出るといった典型的症状が自分にも現れて
当初はある程度客観視もできていたのだが、ここに「母乳問題」が追い討ちをかけた。

私は、ほとんど母乳が出なかった。

妊娠中は、母乳なんて産めば出るんでしょ、友達もみんなおっぱいあげてたしな、
ま、出なくても片チチだし仕方ないかもね、なんなら乾杯か!?なんて…

要は、あまり深いことを考えていなかったし、当然勉強もしていなかった。

病院は完全母子別室制、ママ休んでね、という感じで、おっぱい指導も緩めだった。
むしろ自分から積極的に情報を捕りに行かない限り、放っておかれる感じ。
3時間ごとにママが一斉に集まり、オムツ替えと授乳を行う。夜中の2回は助産師さんが代行。
おっぱい前後では赤ちゃんの体重を量って母乳量を測定・記録し、足りない分はミルクで補う。

同時期に入院してた周りのママ達は多かれ少なかれ、出ているようだった。
経産婦さんは涼しい顔で授乳をこなし、
初産ママでも、張っちゃって痛い、母乳溢れているのに赤ちゃんが上手に飲めない、など
私から見れば1段上のレベルの悩みを訴えているようだった。

私は片チチではあるものの、陥没や扁平といった乳首の形状的な問題がある訳でもないし
うちの子も結構上手に吸い付く事はできている感じだった。
条件は悪くないはず。
なのに授乳後は、カラパイ吸わされて体力消耗しちゃったのか2g減っていたりする。
切なかった。

先生には回診のたび「おっぱい張ってきた?」と聞かれた。
いつ張ってくるのか、いつ分泌が始まるのかと待っていたが一向にその気配すらない。

なんで私だけ出ない?そんなの想定外。
この先どうしたらいいの?ミルクなんて買ってない。
母乳が足りない人もそれ「さえ」あげれば後はミルクでも栄養的には遜色なし、と言われる
免疫がたっぷり含まれた黄色い初乳…出てこない。

日増しに焦りが増してきた。そして惨めだった。
退院前日、授乳室からベッドに戻り1人マッサージをしてみると何とか1滴搾り出せた。
でも既に白い。黄色くない。初乳はどこへ行った?それすらあげられていないんだと自分を責めた。
自分のせいで子供に何かあったらどうしよう、耐えられない。
(この思考そのものが産後ホルモンのいたずらなんだけどね、当時は大真面目だもんで…)

誰に言われたでもないのに勝手に追い詰められた様子を見て、先生や助産師さんには
「個人差あるから」「おっぱいだけが全てではない」「これからよ」などと慰められた。
でも、あまり耳に入ってこなかった。

状況は改善されぬまま退院の日を迎えてしまった。
晴れの日のはずの写真の中の私は、疲れと睡眠不足で顔が浮腫んでパンパンだ。

ろくな食料も持たぬまま荒野に息子と2人、放たれてしまったような心細さしかなかった。
39w2d 終わりと始まり
2014年03月17日 (月) | 編集 |
いよいよです、などと呑気に書いていたのが昨日のようでも、遥か昔のようでもあり…

ご報告が遅くなりましたが
2014.2.12 PM4:04 3525g 男子うまれております
39w2d、予定日より5日ほど早まる結果となりました

猫の慣らし期間を考えて産後しばらく実家に居候しており、2日前に自宅に戻りました

35歳、初めてのお産は、私にとっては壮絶な経験でした
母子手帳に記載された分娩所要時間は35時間10分となっており、これも相当長い方でしょうが
実際にはその前からかなりガマンしていたので丸2日位は唸っていたと思います…

結局、子供が大きい上に微弱陣痛タイプ?だったようで最終的には陣痛促進剤を使いました
最終的にと言っても、少量で落とし始めて8時間位かかっているので
あまり薬への反応もよくなかったんでしょうなぁ

同室だったママさん①は、前触れもなく破水→病院についたら既に子宮口全開→40分で出産
ママさん②は、なんとなーく痛くなってから2時間で出産 だったそうで…

体質なんですかね、羨ましい限りです

産まれた瞬間について
痛みも忘れて感謝感激で胸いっぱい☆的なキラキラしたものと思っていましたが

とにかくこのナイトメアが終わったんだ、やっとやっと出せたんだという安堵感
目の前に差し出された子の人生が遂に始まり、自分は母親になったという責任感
ただでさえ心の準備が万全で無い中の難産で茫然自失

まあとにかく様々な、複雑な思いが去来していました

産後は2時間ほど分娩台の上で安静にしていますが、痛みの緊張と余韻が解けなくて
ずっと両手のバーを強く握り締めたままでした…(脱力するのが怖かった)

ひたすらの感動に浸るほどの余力は残って無かったというのが本当のところです

ここから今日に至るまでも心身ともに、一筋縄ではいっていません
そこらへんはまた改めて

・・・
長いお産を耐えたのは子供も同じ
無事に生まれてきた、君は強くて偉い!
たからものです、大切にします
shu.jpg







37w-39w 産婦人科検診まとめ
2014年02月10日 (月) | 編集 |
臨月に入って検診は週一となっています
さくっとまとめ笑

2014.1.28(火) 37w1d 検診10回目
尿検査→腹部・経膣エコー、内診→問診→血液検査

・推定体重3019g

2014.2.4(火) 38w1d 検診11回目
尿検査→NST→腹部・経膣エコー、内診→問診

・貧血なし
・NST問題なし
・推定体重3386g

そして本日
2014.2.10(月) 39w0d 検診12回目
尿検査→NST→腹部・経膣エコー、内診→問診

・NST異常なし
・推定体重3502g
・おしるし有り

そう、今朝方、遂に出産に向けた兆候が現れ始めたようなのです

昨日2/9は溶けた雪にじゅうぶん気をつけながら都知事選投票へ
新宿に移動してヤボ用を済ませた後、通りがかったシズラーでひたすら野菜摂取!!!
あ、もちろんお肉も炭水化物もデザートも食べたけど…
それまで大雪やらなんやらでどうにも体がなまっていたので、2駅分を歩いて帰宅

フィギュア団体決勝、男女シングルフリーまで見て就寝

そしたらね

お腹が痛くなって1時間もたたないうちに目が覚めてしまったわけです
寒い中ずっと外にいたからPPになったかな~なんて思って用をたしてみます

その後も断続的に痛みが襲ってきてその度にトイレに篭るも出るものは無し

なんとか寝付いて遅めに起きたら、出血が確認できました

んで、タイミングよく産婦人科の検診の日だったので先生にご報告

「い~ですね~。おしるしですね。このタイミングなら教科書通りの症状ですよ」だって
準備が始まった合図とのこと、ただ、子宮口はまだ閉じているんだそうです
ここからの進行にはかなり個人差があるようで、今日明日に陣痛が始まる人もいれば
治まってしまって数日後って場合もあるのだとか

まだ予定日まで1週間、スイミングでも行こ~、ついでに近所で友人とランチでも!ルン♪
なんて余裕かましていたら、巨太郎君、奇襲攻撃…
いや、ちいの認識が甘かっただけで奇襲でもなんでもないのか…

ここからいつ陣痛になるのか、はたまた破水になるのかも分からないけれど
兆候がある以上あまり引っ張りすぎるのも良くないらしく
もしかしたら予定日(2.17)より早まる可能性が高いかもです

いよいよです





36w0d 産婦人科検診 9回目
2014年01月24日 (金) | 編集 |
2014.1.20(月) 36w0d

尿検査→骨盤レントゲン→腹部・経膣エコー、内診→問診

遂にこの日から10ヶ月、臨月突入です

・異常なし
・赤子また成長し、推定2800gに~

骨盤のレントゲンが、ちい的にとてもツボりました!

もともと、通っている産婦人科は地域に昔から根ざしている下町風情の個人病院で
外観はほぼお化け屋敷(中はリフォームされててそこそこ清潔な感じです)

いつものように尿検査を済ませると、初めてのレントゲン室に案内されます
若干ヨボヨボ(に見えました…)のお爺ちゃん技師さんが看護師も付けずに1人でレントゲン室を
切り盛りしているようです

なんていうのかな…イメージ的には千と千尋の釜じいみたいな職人気質を感じさせるのね

硬いベッドに横向きに寝ると、計測のためのポージング完成に必要なのか
四角い木の棒に手書きのメモリが書かれた定規のようなものをいくつも腰周りにあてがいます

最先端医療にどっぷり漬かってきたちいとしては、そのアナログな道具にちょっと衝撃

で思い出したように「あ、ちいさんはレントゲンによる赤ちゃんへの影響心配ですか?」と…
主治医の指示でここにいるわけなので、そんな心配は微塵もしていなかったため
とっさに「いえ全然」とバカ正直に答えます

「そうですか…」と釜じい先生はちょっと淋しそう

そこそこ時間をかけてパンツ一丁の腰ポジをあーでもないこーでもないと微調整し
釜じいの納得のいった所で撮影

釜「確認に少し時間がかかります、再撮影もあるかもしれませんので楽な体勢で待って下さい」
ち「はい分かりました」
釜「…え~、やっぱりちょっとお話ししますかね」
ち「???」

すると、これまたなんとも使い込まれた風の手作りボードが登場!
期待を裏切らない展開に思わずにやけてしまいました

画用紙を繋げ方眼紙を貼り付けて、縦軸に放射線量、横軸に妊娠週数というグラフに
いつ・どの位の放射線を浴びると胎児や母体に影響があるのかが細かく「手書き」されています
補足資料としてなのか、変色した新聞の切抜きなども貼られています

パンイチ横向きで、かなり長い時間レクチャーを受け、「だから今日の検査は安全」
と、まあ分かりきっていた解が導き出されました

きっとこの古い病院で、レントゲン一筋に頑張ってきたんだな…(勝手な妄想ね)

撮影も問題なく完了とのことで着替えて部屋を出ようとすると
「あ、ちょっとちょっと」と別室に呼ばれ「これから先生と話すための予備知識ね」と
見せてくださったのは、懐かしのフィルムのレントゲン写真!!!

なるほど時間もかかるわけですね!
部屋の薄暗さも手伝ってちいの目には見るもの全てがセピアに映りました
昭和初期の病院にタイムスリップしたような不思議な時間を過ごし

なぜだろう、とても、気持ちが良くなってしまいました笑
眠くなっただけかな?

その後、診察に呼ばれて主治医に会うなり
「すごくキレイな骨盤だよーー!丸い!なにも問題ない!」と相当褒めていただけました
自覚症状がなくても、骨が曲がっていたり直線に近いような形の人もいるのだとか
その点で、ちいはきれいなカーブで子供の頭とのバランスも良いらしく
若い看護師さんも「本当!赤ちゃんツルッと出て来れそう!」とテンション上がり気味です

それを真に受け「骨盤の形がいいと痛くない、とかあるんですか!」と鼻息荒く聞いたところ

「あ~それは全然関係なく痛いよ!ワハハ!!」

え…なんだ…
そうですか…

というわけで、子供は大きいけれども、対するちいの骨盤に問題ないので
帝王切開等は現状では適応でないってことです

つわりも喘息も腰痛も、その時はキツいなぁと感じたけれども
いわゆる切迫とか前置胎盤とか逆子とか?そういった重大なトラブルは何もなくここまで来ました
妊娠の経過としては極めて順調といえるのではないかな~と自分で思っております

あとはいまだ終わらない出産準備をサッサと進めなきゃ><

この子の骨盤はちょっと心配です
maikotsu.jpgなにか?

時々マイケルはこの高見盛みたいなポーズをとります
多分、胴が若干長いんだよな~
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