乳がんと、その後の日々のこと。
カナダ・バンクーバーへのトホホ旅
2016年12月06日 (火) | 編集 |
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少し前のことですが、1週間カナダのバンクーバーに滞在していました。
なんだか旅行ばっかしてお気楽だねぇと思われた貴方!ノンノンノンッ
この旅の目的は…

VISAの再発行、だったんです!
なんで渡米して1年ちょっとで???そうですよね。

話は5月に遡ります。

わたくし、車上荒らしに遭いましてね。

なぜそんなものを持ち歩いてたのか、そして車に置いていったのか、はこれまた長いストーリーがありますので割愛するとして、とにかく日本を発つときにお友達にもらった超カッコイイリュックをガラス割られて持って行かれてしまったのです。それだけでもじゅうぶんショックなんですが、更にそのリュックには、

ークレジットカード5枚入り財布(財布も買って1年くらいのLV、チッ!)
ー日米免許証
ー日米保険証
ーちいパスポート(VISA添付)
ー次男の日米パスポート
ーソーシャルセキュリティナンバー(日本でいうマイナンバー的な?)

という、なくしちゃいけないオールスターズがイン♪

生まれて初めて、腰が抜けましたよね。もはやこの地で身分を証明できるものがすべて無くなったことを一瞬で悟り。夫のジムバッグも盗られて、新品の水着を持って行かれたぁと頭を抱えてましたが、もう本当に心の底から、どうでも良かったですよね。ミルクやおやつも丸ごと持って行かれたので、各所に電話しながら、暑い中0歳2歳はお腹すかせて泣き叫ぶし、ありゃ稀にみる修羅場でしたねー。

その後、3日くらいはメンタルを病んで廃人でした。クレジットカードも全部で600ドルくらいは使われてしまって。保険でカバーされるので支払いは発生しませんが(日本のカード会社、迅速丁寧、素晴らしい!)もう人を信用できなくてアメリカを嫌いになりそうで。

「命があっただけ幸せなのだ」と相当幸せハードルを下げて自分を励ましつつも、ショックで思考停止状態でしたが、それでもiPhoneと家の鍵を盗られなかったのが唯一の救いだったでしょうか。

その後、お金とちょいとの手間で解決できることを順に処理して、最後に残ったのが大問題のVISAです。切れるまで5年?かな?アメリカにいる分には問題ないのですが、ひとたび海外に出てしまうと戻ってこれなくなってしまうのですね。なので夏の海外旅行なども諦めました…(のちにESTAでとりあえず帰れるんじゃない?と友人に指摘されました。確認してませんがそれは可能かも?でも根本的な解決にはならないですね)

東京に帰りつつ再発行するという手もあったのですが、フライト時間と時差を思うと子連れが厳しい…というわけで、11月になり、ようやくバンクーバーでの再発行処理を実行してきたのです。

夫が休みを取れなかったので、前半は次男との二人旅となりました。いやーしんどかった、自分の英語力にもガッカリですし、いろんな意味ですっとこどっこいでしたけど、なんとか大使館での申請を終え。せっかく素晴らしい街に来たのだから、楽しもう!と心を奮い立たせました。

なにかとツイてないちいですが、今回は本当にラッキーなこともありました。仲良くしていただいている前の職場の先輩がカナダ行きの直前に数ヶ月ぶりに近況報告のメールをくださっていて。ちいも、いやーかくかくしかじかで明日からバンクーバーです不安です〜とお返事したら、現地で働いている同級生さんを紹介してくださって。しかも勤務先なんと、ちいのホテルから徒歩3分!

滞在中はこの方をテキストでストーカーのように追っかけ回し、レストランからカフェから観光まで、たーくさんのオススメ情報を親切に教えていただいて、本当に有難くて心強かったし、助かりました!

後半の3日間は、長男と夫も合流。バンクーバーは都会なのに徒歩で回れるほどコンパクトで(そこがアメリカとは大きく違いますね)海が近くてシーフードが美味しい!治安も良くインターナショナルでアジア人も安心!夏にもう一度行きたいなぁ。
IMG_0224.jpgキャピラノ吊り橋。長男大喜び!
IMG_3746.jpg肉厚の銀ダラ〜何年ぶりに食べたかしら??
IMG_3692.jpg水上飛行機の往来を見学したり
IMG_3679.jpgアートギャラリーはちょっとマニアック展示で残念…
IMG_3656.jpg次男は和食で安心!これは鍋焼きうどんのほうれん草〜
母はその間に寿司をつまんでご満悦!

昔は海外にきてまで日本食食べる人が本当に不思議でしたが、住んでみて、さらには子供を持ってみて、その安心感が分かるようになりました。もはや長男には食べさせてしまっていますが、アメリカのレストランのキッズメニューなど、もうバランスなんて一切無視ですからね。塩分高くて翌朝は目がボクサーみたいに浮腫んでますから。もージャンクジャンク。お米万歳!お野菜万歳!

これで私のドラマはおしまい…No more drama…



日本の免許が盗られてました…
これは鮫洲にいくしかなさそうですな。いつ切れるんだろう〜あははははは


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はじめての…カーヴィング!
2016年11月04日 (金) | 編集 |
10月31日はハロウィンでしたね。
日本ではこの祭りに参加した記憶がないのですが、やはりアメリカで、子供もそれなりに大きくなったら、ひとつ楽しんでみましょうかという気にもなるものです。

10月あたまに夫から、「パンプキンパッチでカボチャを仕入れてこい、自分が掘る」と指令が出て、マジすかと思いつつ買ってきてはあったものの、いつもの通り雰囲気先行型で一切やり方をリサーチしていなかった私たち。日本のカボチャなんてチンしないと切れないくらい硬いのに、どうやって掘るんだバッキャローとそのまま庭に放置されること半月。

英会話の先生に「あ、パンプキン買ったね!」と言われ、「夫が掘ると言っているが初心者の私たちにできるわけない。アメリカ人家庭はどうしているのだ、専用の電動ノコでも使うのか」と聞いたところ「そんなに難しくないよ、子供喜ぶわよ〜」とYouTubeのハウツー動画を送ってくれました。5歳くらいの男の子がママと楽しそうにカーヴィングする動画。あら、こんな子供でもできるのね。

ハロウィン当日も近づいていましたが、先生曰く「パンプキンは一度掘ると1週間で腐ってゴミ。だから1週間前まで掘らない」とのこと。

これはありがたいハロウィン豆知識な!張り切って掘らずに放置しておいて正解でした!

夫はカボチャの存在すら忘れているようだったので、スーパーで5ドルくらいで売られている専用キットを買ってきて、ちいがチャレンジ!

image1.jpeg洗って
image2.jpegヘタをくり抜いて
image4.jpeg初めてなのでオーソドックスに!
image7.jpeg玄関に飾ります。ちょっと怖がる次男。
image5.jpeg調子に乗ってミニも掘りました!

日本のカボチャのように身が詰まっていなくてスカスカなのですよね。もっともこれらはお飾り用で、食用には向かないみたいですが。

昨年は次男の産後直後かつ、非常に強い雨だったため家で待機していましたが、今年は夕方ショッピングモールをお友達と周り、夜は家族皆でご近所をぐるりとTrick or Treat!しに行きました。長男も大喜び!もらえるお菓子はチョコだのグミだの、とても長男に食べさせられるものではないので、そのままこっそり配布用に回してしまいますが汗

image6.jpeg秋深し
これが終わったら早速クリスマス準備に変わっていきます。あ〜1年。一瞬でした!


シカゴ4泊5日
2016年10月29日 (土) | 編集 |
シッカーゴ!シッカーゴ!!
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フィギュアスケートGPシリーズ、スケートアメリカを観に行きました!
4泊もしてますが、中3日は毎日ダウンタウンのホテルから約1時間かけてリンクに通いましたので、見どころ満載の大都会シカゴでほぼ観光なし!笑

しかしさすがフィギュア不人気のアメリカ。
3分の1ほどしか埋まってない?ガラガラの会場で女子・男子のSPとFPをじっくり堪能でき本当に贅沢な時間を過ごせました。崖から転げ落ちるかのような席だったボストンの世界選手権会場とは違い、リンクから近かったので選手のお顔がはっきり見え、コーチの様子ややり取りも生観戦の妙として楽しめました。

真央ちゃん。現役の試合を観られるチャンスは今後そう多くないと思い、この旅を決意しました。ちいにとっての神なのです。6分間練習で初めてそのお姿を拝んだ時、自然と涙が出てしまいました。隣にいた夫はそんな私をみて爆笑していました。失礼な。
image3_20161029154513909.jpg美しくて、かっこよかった。
故障があるとのことで結果が伴いませんでしたが、そのオーラは別格でした。

これまでの思いを、感謝を、こんなに近くに来たのだから伝えるべきだと思い、SPの演技前に「ま、まおちゃん、がんばって〜」と叫んでみました…叫んだ…つもりだったのですが、ちいは純日本人ですのでどうしても恥じらいから喉が引いてしまい、声が前に飛んで行きません。

全く聞こえてない、なにをしているのだ、と夫に咎められ、目の前を通り過ぎた時にもう一度叫びました。
「真央チャーン!がんばってーー!」
今度のは聞こえたはずだ、と夫。<ーなにを根拠に??笑

(ちなみに、私は生観戦初心者のため、応援のタイミング、というか観戦のマナーがよくわかっていません。会場にはたくさんの日本人の方がいらっしゃいましたが同じタイミングで声をかけていた人はいなかった…ちょっとマズかったのかしら?)

でも、でもですよ。
演技終了後、コーチの元へ戻る直前、真央ちゃんは明らかにこちらを見て菩薩のような笑みで(神じゃなかったのか?!)手を振ってくれましたよ!!!応援ありがとーってな感じで。だって会場ガラガラでそこには私たちしかいなかったから絶対ですよ!

い、癒し…本当に癒されました。応援しに来たのに、なに癒されちゃってるんだ私は…でもそれが、真のスーパースターというものなのかも。

今、ちいのことをバ〜カと思った人は夫に聞いてくださいね!

男子も盛り上がっていましたよ〜。
地元アメリカ勢も好調でしたし、いま宇野くんを見られたのは幸運この上ないことだった気がします。
image2_20161029154512113.jpg魅力的なスケーターですね!
フリーの6分間練習では、ジャンプがずっと決まらず。同じ軌道を描いて何度も飛び直し、その都度コーチにアドバイスを受けて。残り数秒のところの一発が綺麗に入り、いい感触を残して演技に入ったようでした。結果はご存知の通り!完璧に終わるのかと思ったところでの終盤のトリプルアクセルの失敗は、コーチもえ?ここで?まったくもー笑 というもはや余裕な感じで笑ってらっしゃいました。

いやー、スケートって、本当に良いですね。

シカゴにはまた行きたいな〜。もともと、シカゴブルズのマイケルジョーダンに憧れてバスケ部にいたクチですし、ミュージカルも好きなので、長年気にはなっていた街でした。アートの空気や新旧の大きな建物、食べ物も美味しくて人々もフレンドリーで、日系のスーパーも大きくて充実してるし笑、結果、とても好きになりました!
普段ど田舎暮らしなもので(先日は家を出て1分で野生の鹿の親子に遭遇しました、どんだけー)、久々の都会に興奮して完全おのぼり。2歳の長男は、ダウンタウンで高いビルを見るのがとても好きで、ちいの住む街でも遊びに行くといつも大喜びなのですが、どうやら今まで見ていたビルは大したことないのがバレたかもしれません!1歳半までいた東京の記憶はないだろうしねぇ。

しかし、ちょっと怖い一面もあるんですよね。ごく普通のカフェでもこんなマークが…。
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ちいの街では見たことなかった。英会話の先生(アメリカ人)に見せても、なにこれ〜やだ〜と言っていました。


東京都知事選
2016年08月01日 (月) | 編集 |
今は転出してしまいましたが、元東京都民としては気になるところ。五輪の頃には多分帰ってるし!
で、何気なく小池さんのTwitterを見ていたら、私的に馴染み深い土地での街頭演説写真が沢山上げられてて、少し日本が懐かしくなりました。それこそ実家や、元職場、結婚後に住んでいた駅など…

前回の都知事選(2014.2.9)は大雪の後でしたよね。
なんでそんなこと覚えているかというと、そのとき長男の臨月で、デカ腹抱えてメチャクチャ足元に用心しながら投票しに行ったのです。その後、新居の窓枠決めに新宿のショールームに行って…西口のシズラーでた〜らふく食べて…のくせに、罪悪感から残雪の夜道を二駅も前で降りて…ヨタヨタ歩いて家に帰ったのでした。

結果、予定日よりほぼ1週間ほど早く、その2日後におしるし来ちゃって、2014.2.12に長男誕生〜
暖かい病院内からまたも記録的な大雪が降るのを、幸せな、でも切ないような、少し浮世離れしたような、なんとも複雑な気持ちで(全部産後ホルモンのいたずらですがな)窓から眺めていたのを思い出します。

こちらアメリカでもヒラリーさんの、これグラミー賞の授賞式ですか?みたいな派手な大会?の放送があったりして…女性のパワーを感じますね。時代ってすごい。ちなみに、とても聞き取りやすい英語だったと思うのに、内容をすべて聞き取ることは出来ませんでしたので汗(とてもいい演説だったらしい汗)、そのうちきちんと見返して勉強したいと思います汗汗

IMG_2355.jpg長男のイニシャルSを砂に書いてます

そんな長男も約2歳半。
平日はほとんどデイケアにいるので着実にケイン化してきてしまい、母としては今後どのような言語教育をすべきか悩ましいところ…でも世に言う魔の2歳児?というのは長男に関してはあまり感じていないかも。どちらかというと1歳半〜2歳位のが(引越や弟が生まれたせいもあるかな)キーキー言っててコミュニケーションとれないし大変でした。イヤイヤ期でもあるのですけど、長男の場合すごくいい発音で"No!No!"または"I don't want it!"などと言ってくるので、え〜なに言ってるの〜という感じで笑っちゃうことの方が多いです。ありがとう英語…


のんびりな次男
2016年07月29日 (金) | 編集 |
IMG_1729.jpg同じ髪質の男子3人

アメリカ生活いろいろありますな。
さあどこから書こうか…という感じですが、いま一番の気がかりである次男のことから。

あと数日で10ヶ月を迎える次男。
首すわりも寝返りも、そこそこ順調にきていましたが、なかなかお座りやハイハイが進みません。私も6ヶ月、7ヶ月…と高速寝返りのみでどこまでも移動する様子を見守ってきたのですが、さすがにう〜んこれは…と思っていたら、案の定9ヶ月検診のチェック項目がことごとくクリアできませんでした。

小児科医の勧めもあり、Early Intervention(EI)といって直訳すると早期介入?とにかく発達面での気がかりがある場合には専門家にフリーで診ていただけます。さすが子供を守ることに関しては過保護なまでのアメリカ。親としてはありがたいことですけども。

両親へのインタビュー及び、子供にはおもちゃで遊ばせながらのテストのようなものを受け、その場でスコアがグラフ化されます。必要な条件が当てはまればその後のケアを受ける資格ありと判断されます。

情緒面や細かい動きは平均的とのことでしたが、次男はとにかく「自ら座れない」ことが決定打となり、見事テストに一発合格(ていうの?笑)最終判断は両親に委ねられますが、私たちは今後半年間、月一で専門家の訪問を受けることにしました。その他は、コミュニケーション面でも少々の遅れが指摘されました…がこれは、やはり身体の発達が大いに影響してると思うのですよね、なんとなくですけど。

でもテストをしてくれた方たちが本当に親身で…次男のことも彼すっごい可愛い〜♡素晴らしい♡と沢山褒めてくださいまして。母は情けないことに不安な気持ちが大きかったので、なんだか胸がいっぱいになりました。

これまで小児科医から例えば骨だとか脳だとかの…本当にシリアスな問題疑いは指摘されていなく、またEIのスタッフも病院で検査を受けるのは自由だけど、そこは大丈夫なのではないか…と。

では、なぜ、座らないのか。全体のわずか1%に次男が入ってしまった明確な原因はわかっていません。個人差があるから大丈夫だと言われますが、器の小さい母ですから、そっかそっかそうだよね〜とどっしり構えることはできていません。

でも…少し前に日本で同じような経験をしていた友人がいることを思い出し、連絡してみたのです。曰く、その後子供は問題なく、むしろ非常に大きく、また力持ちに成長しているとのこと。元メジャーリーガーのゴジラさんは2歳近くまで歩かなかったらしいよと(これは単なる都市伝説かもですが笑)。だからちいの次男も一緒にメジャーリーガーを目指せそう!と。半分冗談、半分本気な文面でした。

持つべきものは友ですな。熱い励ましで、これまたウルウルしてしまいました。

半年後に目指すゴールは、一人歩き、できれば階段の上り下りと定めてみました。
さてどうなるか。親子がんばります!

(余談ですが、ゴジラの件が気になってネットで調べてみたところ、世界のOHさんも歩くのが遅かったらしいという、ま〜た本当かそれ〜笑な情報もありました。彼らの場合、そのくらい巨大な子供だった…という逸話のようです)
フィギュアスケート世界選手権!
2016年04月05日 (火) | 編集 |
先週末は、3泊4日でボストンに行きました。

目的は…
フィギュアスケート世界選手権!
image2_20160405042548812.jpg最終グループの6分間練習

伊藤みどりさんの時代から、長年ライトなフィギュアファンであるちいですが、生観戦は初めて。チケットを抑えるのが遅れ、女子はsold outで取れず、男子フリーのみ。到着直後のロビーでは、佐藤コーチを見かけてプチ感動。

油断したらそのまま落下しそうな急角度のバルコニー、かつ頼みのモニターも電気で隠れるというギャグのような席でしたが地元アメリカ勢が好調だったこともあり会場全体がヒートアップ!ちいの後ろの席に座っていた日本人のおばさま達は、最終グループの6分間練習の途中で羽生君がジャージを脱いだ途端「あ、脱いだ脱いだ♡」「やだー♡興奮してきちゃった♡」と、なんですか、猥談ですか?ちなみに、この方たちは、フェルナンデスの時には「ミキティどこよ!ミキティどこよ!」と連呼していました。

まあ、全てひっくるめて、現地の空気というのは格別です。

image1_20160405042549781.jpg※羽生君です

羽生君の世界記録更新=金メダルという歴史的瞬間、その目撃者になるのだ‼︎と意気込んでいました。結果は残念でしたが、フェルナンデスのキレキレ神演技にはひれ伏すしかなく。本当に良いものを見せてもらいました。王者は孤独ではなく、切磋琢磨する素晴らしいライバルがいたのですね。これを平昌まで見られるのですね。幸せなことです。

真央ちゃんの闘いはホテルで生中継を観ていました。女子フリーも本当に熱かった!会場すぐそこだし!行きたかったなぁ。

余談ですが。
私が話したアメリカ人は一様に、フィギュアスケート⁇へぇ、ボストンでやるんだ…グレーシーゴールド⁇うーん誰だろう…という感じで、基本、あまり人気が無いようでした。長らくアジア及びロシア勢が台頭しているからかなぁ。
そのマイナー感バリバリの中でわざわざ会場に来る人達は総じてコアなファンが多そうで雰囲気も独特。帰りのエレベーターに同乗したおばあさんも、「あなた日本人?ユヅルは残念だったわね。でもハビエルは本当に素晴らしかった。あの中国のボーヤン?彼はフェノーミナンね!2人にとって脅威でしょうね、まだ若いし。それにしても素晴らしい夜だったわよね!ね!あ〜/:*?#$%&!!」となにやらずーっと話してくれました。

また、最後リンクをバックに写真撮影をお願いしたアジア系の女子2人、中国から来たというのでてっきりボーヤン君の応援かと思い、おめでとう〜!と言ったら「ありがとう、でも彼女、ユヅルの大ファンなの…」と笑

ちいは実のところメディアを通して見る羽生君の言動は若干苦手だったのですが…メダルセレモニーのあと、手を振ったら確実にこちらを見て手を振り返し、おじぎしてくれたよね‼︎ついつい興奮して夫に「今の見た⁉︎目が合ったよ‼︎私に手を振ってたよ‼︎」と叫んでしまい、その瞬間、前にいた人が、ここにアホがいるって感じで振り返ってました…そう、私も、猥談のおばさま達と大差ありませんでした笑

image3_201604050425506d1.jpgスポーツって素晴らしい!

普段、ど田舎で暮らしている故、ボストンという歴史ある街の雰囲気、マサチューセッツ工科大や、近頃O保方さんやらショーンさんで話題のハーバード大学といった名門校が醸し出すアカデミックな空気感も、とても新鮮でした。子供連れは大変ですが、やはり旅行って楽しいものですね。

チム太の大脱走 その2
2016年03月08日 (火) | 編集 |
今住んでいるところは、アメリカといってもNYやLAのような大都会ではなく、車で5分走れば深い森か、またはだだっ広いのっぱらに馬やアルパカが放牧されているような田舎である。渡米前、夫と「猫が脱走するとコヨーテに食べられてしまうらしいよ。気をつけよう」と笑いながら話していたことを思い出していた。

もしやチム太もコヨーテに…?

でも………コヨーテってどんなのだっけ???

ブンブンと頭を振って妄想上のコヨーテを追い払う。

2歳0歳の息子達には、元気いっぱいの日曜の朝。食事の支度もスキップするわけにはいかない。夫が、通りのお宅へ順番に聞き込みに出る。許していただける限り、裏庭まで入らせてもらい捜索を続けたようだ。

小一時間で帰ってくると「見つからない。でも収穫があった」と言う。なんでも、ご近所コミュニティで招待制のFacebookグループがあり、そこに前日の夜11時に「玄関に白い猫がいて中に入れてくれと鳴いている。誰かこの子を知らないか?」という主旨の書き込みがあったのだという。ただ、その投稿元がどこのお宅なのかはわからないとのこと。夫はそのグループに招待してもらってメンバーとなり、連絡をいただけるよう返信をした。また、LOST CATのチラシとポスターを作成し、記事をアップした。

あたりに野良猫はほとんど見かけない。だからこそ、わざわざ親切に書き込んでくれた人がいたのだ。白い猫。チム太に違いない。しかし前夜の11時とは…私は捜索に出ていたはずなのになぜ見つけられなかったのだろう。もしかして相当遠いのか?寒い中、必死で玄関をカリカリする姿を想像して胸が苦しくなる。

風が強く、寒い日だった。雨も降ったり止んだり、安定しない。

家事がひと段落すれば夫と交代で私も外へ出た。聞き込みは英語の堪能な夫に任せ、私はとにかく家の隙間や駐車場などの捜索担当。辛い作業だったが、車道に轢かれた動物がないかも横目で確認していった。もしかしたら子供の方が視線が低いので見つけやすいかもしれないと、遊んでいる小学生には片っ端から声をかけた。

午前中の聞き込みでまた新たな情報を得た。まず、FBに書き込んでくださったお宅を特定できた。うちから6軒ほど先で、やはりそう離れてはいなかった。次に、そのお宅から通りを挟んだ斜め向いのインド人のお宅で、朝の9時と10時半頃、車の下に白猫がいるのを見たとのこと。…それってついさっきじゃん!夜を乗り越えたんだ、コヨーテに食べられてないんだ!確実に、影を感じることは出来ていた。そこに希望を見出しつつ、なのに、姿が見えないという、このもどかしさよ。

腹が減っては、とインスタントラーメンをかきこんで、近所にポスターを掲示しながら午後も捜索を続ける。インド人宅にお願いし、餌とキャリーを玄関先に置かせていただくことにした。

時間が無情に過ぎる。日が落ちてくると、私はまた気分が悪くなってくる。自分を奮い立たせ、夕方の4時頃だったろうか。家族4人で外へ出て、犬の散歩をしている人にチラシを渡していると、近くに車を停めた若い女性が声をかけてくれた。「犬がいなくなったの?」「猫です」彼女は近所の動物病院に勤務しているという。ペットを逃してただごとではなさそうな私たちの様子を心配してくれたのかもしれない。顛末を説明すると、失踪情報を病院から拡散してくれるとのこと。有り難かった。

夕飯にはカレーをかきこんだ。砂を食べているかのようだった。
この日はワインでも飲みながらオスカーの授賞式をライブで観ようと楽しみにしてたのだが、無論そんな場合ではない。長男は「チンター!カンバーーーク!!」(Chimuta, come back!)とその日覚えた英語を叫んでゲラゲラ笑っている。

夜の8時半をまわって2階のベッドルームで長男を寝かしつけながら、私はとうとう溢れてくる涙を抑えることができなくなった。「ごめんね。母さんがみんなの大切なチム太を逃してしまったよ。許してね」と語りかける。長男は母さんめんどくさ、関わるのやめよう、という感じで、この日は10分たらずであっという間に寝落ちした。夫はその間、次男をみながら、日本でいう保健所のようなサイトで、持ち込まれても殺処分されないようチム太の情報をアップしようと作業していた…はずだった。

なぜか階下で夫の声と、バタバタという物音が聞こえた。降りてみるといないので電話をかけてみる。するとある男性から目撃の連絡が入り、急いで外に出たが、また見失ってしまい確保はできていないとのことだった。場所は、やはり件のインド人宅の周辺。エサも減っているようだと写真が送られてきた。

image1_20160311071252238.jpg11:30

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居ても立ってもいられなかった。長男が完全に寝入ったのを再度確認し、インド人宅方面へ向かう。夫を含め男性3人がイソイソと動いている影が見えた。夫が「いたよ。いま裏庭に走って行ったみたいだから、中に入らせてもらおう。」夫以外の男性とは、目撃して連絡をくれた方と、インド人のご主人だった。

お願い。逃げないで。大丈夫だよ、迎えに来たんだよ。

裏庭に入ると姿は見えないが「ニ"ャア」というダミ声が聞こえた。

チム太だ!

「チム、来たよ。出ておいで。母さんたちだよ」

ガサッゴソッ!
BBQセットにかけてあるビニールシートの中から音がする。

夫がシートを持ち上げると「ビャアアアアアアア」というような雄叫びをあげている。あくまでゆっくり、驚かせないように近づいて…夜の9時半頃だったろうか。無事に確保となった。まさか違う猫ではあるまいと念のため顔を覗く。大丈夫。私たちのチム太だった。

連絡をくれた男性は、夕方、声をかけてくれた動物病院勤務の女性のご主人とのことだった。懐中電灯を持っている。そう、彼は偶然チム太を見かけたわけではなく、わざわざ、捜索に出てくれていたのだ。なんと温かい!有難さと安堵でまた涙が出た。部屋の中からインド人の娘たちが不思議そうにこちらを見ていた。

本当に本当に、周囲の方のご協力には感謝である。

家に戻ってチム太にシャワーを浴びせ、テレビをつける。どうやらディカプリオが無事に初のオスカーを獲ったらしい。アフターパーティの会場からの中継が始まっていた。華やかな画面が私の気持ちも高揚させてくれる。

夫はなぜかカレーを温めなおして食べ始めた。

こうして、夫婦と小動物4匹の、平和な日常が戻った。脱走して推定30時間。気づいてから24時間。すでに約2週間前のことになるのに、思い返すだけで吐いてしまいそうになる。私は一連の騒動で10歳くらい老けて、いま5歳くらい取り戻したかな…

不思議の国のアリスに「なんでもない日バンザイ。なんでもない日おめでとう」という歌がある。この脱走劇を通じて、まさにそうだと実感した。ドラマはなくても、皆が元気に揃っている、このなんでもない毎日が自分にとっては何より大切なんだと。
IMG_0941_20160312044402afb.jpg叩かれても引っ張られてもめげないチム太

その大切なものをきちんと守るため、気を引き締め直して、日々を過ごします!
長々失礼いたしました!!

チム太の大脱走 その1
2016年03月06日 (日) | 編集 |
未だかつてないナイトメアのお話。長文です。
・・・

我が家のチム太(トンキニーズ・雄・5歳)を30時間近く脱走させてしまったのである。
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夫が先週の金土、2日間の出張に出た。アメリカに来てからというもの仕事の帰りは早く、育児をしっかり分担してもらえている。有難いことなのだが、それ故に、いざ不在となった時の私は相当にてんやわんやとなる。

土曜は長男のデイケアがお休み。リズムが合うはずもない2歳と0歳の、どちらか、または同時の泣き声を常に聞きながら時間が過ぎる。なんとか外遊びをさせて夕方4時すぎ、車の中で寝落ちした長男を起こさぬよう、そっと抱きかかえて玄関を開ける。後ろ足に戸を蹴って、ベッドへ直行。次男も落ち着いていて、ホッと一息。しかしここからの1時間ちょっとも、夕飯の準備などでゆっくりはしていられない。

じき長男が起きてくれば、夕飯〜お風呂〜寝かしつけまで一気に突っ走るのだ!

…今日は少し部屋の中が寒い気がするけど、気のせいかな?

寝かしつけに手こずり、夜の9時半頃、急いでリビングに戻る。お腹を空かせた次男が結構な長い時間大泣きしているのが聞こえていた。早くミルクをあげて、今度は次男の寝かしつけだ!

…うーん寒すぎる。明らかに風が吹き込んできている。胸がザワザワする。

案の定、玄関の扉が10cmほど開いていた。夕方、後ろ足で蹴ったきりだった扉。不覚。急いで鍵をかける。振り向くと、ロシアンブルーのマイケルが鎮座している。
「マイケルいるね!チム太はどこ行った?!?!」
答えてくれるはずもない。大泣きの次男を抱っこして家中を探す。いない。

玄関の外に出てみる。植え込みや車の下…いない。血の気が引いて眩暈となる。

ほぼ半狂乱の自分を必死に制して、抱っこ紐を装着しダウンを着て再度外にでる。次男が「え、なにごと?ミルクは?」というような怪訝な表情で見つめてくる。「ごめんよ。チム太を探さないと。チム〜チム〜〜」小走りに半径30m範囲くらいを回ったと思うが見つけられない。犬の散歩に出ている人とすれ違う。彼らにとって、赤子を抱えて半泣きでChimuta〜と意味不明な単語を呟きながら人の家の車やら玄関先を覗くアジア人は、不審者以外の何者でもなかろう。

一旦、家に戻り、次男にミルクをやってベッドに放り込む。

そしてまた外にでる。今度は懐中電灯を持って。でも気配すら感じられない。

0時過ぎに夫が帰宅。捜索してもらうが成果はなし。

ネットで「猫・脱走」などと検索して対策を考える。匂いがわかるように、猫トイレの砂とエサを周辺に撒いた。また、いつでも戻れるようにガレージを半分開けておき、いつも使っているトイレとベッドを設置。朝、そこでちゃっかり寝ててくれればいいな…

そこまでしたところで夜中の2時近かった。私は気分が悪くなってしまい、夫に今回の失態を詫びて、失意のまま横になった。こんな時に睡眠を取ろうとしている自分に腹がたったが、それ以上頭を上げていることはできなかった。

そして朝が来た。
ひどい胸焼けと頭痛で目が覚めるような、なんとも気持ちの悪い日曜の朝が。チム太のいない朝。夢ではなかった。

正直、チム太は手のかかる子である。
粗相をする。犬の如き人懐っこさで膝に飛び乗り、耳たぶをチュウチュウ吸ってくる、それはカワイイを通り越してもはやシツコイ。マイケルに比べて抜け毛も非常に多い。朝方ものすごいダミ声で鳴いたりする。誤食癖があり、靴下は何足食べられたことか。
…でもそれは全て当たり前の、私の日常風景だったのに。有難くて、幸せな毎日。こんなに大事な子だったんだ。チム太のダミ声が脳内リフレインする。

もし、チム太を見つけられなかったら…
見つけられたとしても、事故などに遭ってしまった亡骸だったりしたら…
どん底の妄想が止まらなかった。

私の人生は、チム太前/チム太後で大きく変わるのだ。
愛猫を守れなかった。この先、心から笑える日が来ることはない。笑えたとしてもそれは仮面。心はずっとずっと泣いたままだ。そんな母に育てられる息子たちも不幸なことよ…
周りには「ちいがチム太を脱走させた」と後ろ指をさされる。またはやたらに哀れまれる。そう私は一生、十字架を背負って生きて行く。
アメリカ生活も苦い思い出となってしまう。数年後、機上で、もう2度とチム太に会えないと、再び罪の重さを思い知るのだ。

ごめんよ、チム太。本当にごめん。

・・・
ここまで読んでくださった皆さん、心の声、聞こえてますよ。
「ちいさんて、アホなの?それとも、バカなの?」

そうですよね。そう思います。でも心底、大真面目に、絶望の淵に立たされていました。

その2に続きます。
長男2歳になりました
2016年02月26日 (金) | 編集 |
2月12日に長男は2歳になりました。
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1歳8ヶ月で弟を迎えて以降、週5日フルタイムでデイケア(保育園的なものです)へ通い絶賛バイリンガル化進行中。渡米前には、日本の小児科の先生に、英語が入ることによる言葉の遅れを予想されていました。今、彼の脳内でどのように英語と日本語を処理しているのか、果たしてその量がいかほどなのか、まだまだ拙いので正確にはわかりませんが、この半年で随分とおしゃべりにはなりました。

だってこちらに来る前は、「アッコ」「ネンネ」「パン」くらいしか言えなかったのが、今や「カーカ、チ◯チ◯、ナ〜イ」(訳:母さんには◯ン◯ンが無い)と3語続けられるんです!すごいなぁ。

image1_20160226170258d59.jpgエス!S!と言っています。彼のイニシャル。

弟が生まれた直後は母さん拒否が激しくなり、キーキー叫ぶ、弟を踏みつぶそうとする(汗)など、明らかな情緒不安定も見られました。言葉のストレスからなのか、デイケアのお友達を噛んでしまう事もあると言われ、少し心配していました。が、ここ数週間で急に落ち着いてきたようにも見え…弟を抱っこすると言ってみたり、オムツを持ってきてくれたり、また寝かしつけにおいては必ず母さんにご指名を入れるなど、彼なりに状況の変化に折り合いをつけ、受け入れる努力をしてくれているようです。成長に感謝!

好きなものは飛行機、車、電車で、ザ・男子!

飛行機図鑑を見ながら、そのロゴをあっという間に覚えていき
「ポッポーアイアイー!」(シンガポールエアライン)
「ルフッアンザ!」(ルフトハンザ)
「ブッシュ アイアイー!」(ブリティッシュエアライン)
「ディカン クックー!」(大韓航空)
「エーヌエー!」(ANA)
「ケーエルエンッ!」(KLM)
「タ〜イ!」(タイ国際航空)
などと嬉しそうに叫ぶ日々。
ちなみに 「エアドゥ」と「エバー航空」の発音は完璧(マイナー志向なのか?)
また日本航空は「トリ」だそうです。。。

車は赤がお気に入りの様子で、街中で見かけると「アッカイcar‼︎カッコウィー‼︎」と興奮状態に。

歌を口ずさむようになったり、音楽に合わせて踊ってみたり、相変わらず公園で体を動かすのも大好き。

生活の全てが日本とは勝手が違うので心配事は絶えませんが、母子ともに手探りしつつなんとか元気にやっております!
image1.jpgおおきくなれよ!

次男出産のとき
2016年01月05日 (火) | 編集 |
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

突然ですが昨年内アップできなかった↓お産記事を汗


2015.10.1 出産の日の記録〜
かすかな記憶をもとにしてるので、時系列は自信のない部分もありますが…

基本的な状況としては ◾️予定日まで10日残 ◾️1週間ほど前から前駆っぽい怪しい痛みあり ◾️夫、車で3時間の山の向こうに出張中 ◾️そのため3日前から義母が待機要員で在宅中 ◾️朝一に少量の出血あったが、まさかお印と思わず、日中はバラ園をお散歩していた 

AM0:00 陣痛開始。
結構痛いけどまた前駆かな?今騒いで収まってしまったらとんだ迷惑だなぁ…長男を起こすのも可哀想…できれば朝一でデイケアに送り届けてから行動開始したいな…ていうか、私も寝て体力温存したいんだよな…などと思案しているとアレヨアレヨと10分、7分、5分と間隔が短くなっていく。うとうとしては痛みで目が覚める。夫とは逐一電話。病院への確認電話もしてもらう。

AM3:30 痛み3分間隔に。
これはもう間違いない、来てしまったのだと腹をくくり、義母を起こして入院準備。アメリカの運転2年ぶりという到着3日目の義母と、快眠を妨げられ悲惨な1歳8ヶ月の長男、3分おきに悶絶するちいがiPhoneのナビ片手に真夜中のドライブ、珍道中すぎて一生忘れられない。

AM4:00 病院到着。
すでに陣痛は2分間隔で絶賛人格崩壊中。何も手につかないため義母にパンツを下ろしてもらい(!)後ろ開きのヘンテコなガウンに着替える。長男は一切騒ぐことはなく、なにやら尋常でない母をただじっと見つめていた(眠かっただけか?!)いつも外出先では落ち着いてなどいられない子なのに…空気を読んだのか、これには本当に助かった。子宮口6cm。「今日ベイビーに会えるわよ」というナースの言葉が優しくて、あーいよいよなんだなぁとこれまでの道のりを思い、涙が一筋。GBS陽性のためペニシリンの投与開始。

AM6:00 夫、下山。
入院する私の3倍くらいの荷物を抱えて夫が到着。ちょうど同じくらいに麻酔医の準備が整ったようで、ようやく無痛の薬を入れてもらえることに。これが入って直後からはも〜う!超気持ちいいー!お腹から下がジーンと痺れて完全に麻痺。パンツも脱げないほどにパニクっていた自分を思い出し恥じる。皆でここまでの経緯などなごやかに談笑。

AM8:00 義母帰宅、長男はデイケアへ。
夫の会社の方が協力してくださり、2人は病院を後に。いやはや、大変な一夜だったね…ありがとう。ところで、とてもラフなアメリカの出産。夫はソファで寝転びながら仕事の調整したり、カフェに行って朝食を食べたり…ちいは麻酔の影響でコントの老婆のようにガタガタ震えつつ(寒くはないよ)唯一口にすることを許された氷をガリガリ食べたり、日本にいる家族にLINEしたり。完徹になってしまっていたのでウツラウツラ居眠りも。麻酔の追加を自分でできるボタンがあり、少しでも違和感があればカチカチ!もちろん危険な量は入らないように調整されています。

AM10:00 気づかぬうちに赤子の頭が覗く。
様子を見に来たナースがワーオ!と。なんでも羊水に包まれた頭が股から覗いていたそう。夫に「見てごらんなさい!ほら髪の毛よ!」などとこれまたラフに話しかけ、夫もマタグラでワーオ!などと応えている。この、キラキラと膜に包まれた状態で頭が覗くのを幸運の証だとかなんとか言っていた気もするが定かではない。GBSのペニシリンを追加しなければならず急ピッチで投与される。せっかくお腹には順調に麻酔が効いているのに、この点滴が地味に痛い。てかもう産道通ってきちゃってるけど意味あるのかどうか。

AM10:30 いきみ開始。
仰向けになり足首を掴むよう指示される。このスタイルはちょっと新鮮。自分では陣痛の波が全く分からないため、ナースやドクターがモニターに合わせて声がけしてくれる。麻痺してるため力の入れ具合が難しい。長男出産時に連呼された「かったいウ○チを出すようにぃぃぃ!!!」という助産師さんの絶叫を思い出しながらいきんでみる。「グードグード!ビユーテホー!パアフェエク!」などと褒め続けてくれた。結構上手くできていたらしい。途中、談笑しすぎてモニターの波を見逃す、などの珍事も(笑)。

AM10:44 無事出産!次男お誕生日おめでとう!
本当に出たんですかというほどの無感覚。少し酸素が足りていなかった?のか紫色が濃く、産声を上げるのに少々時間がかかった。スタッフもバタバタしてて不安だったけど結果的には問題なかった様子。新生児の洗浄や測定も全て同室で行われた。前回会陰切開していた傷のところが若干裂けたとのことで縫合。アメリカでは切開よりも自然に裂けたほうが治りが早いとされているそう。2人目だから伸びもいいかも?と事前に言われておりそれに従った。諸々の処理を終えてカンガルーケア。

病院の食事は決まった時間に出されるものはなく、メニュー表が渡されて好きな時に電話で注文する、ルームサービスみたいなもの。空腹に襲われてフルーツやサンドイッチを大量に平らげた。2時間ほど過ごした後、入院の病棟に車椅子で移動し2泊3日の入院生活を過ごした。

長男出産時「なんとなく、やめとく」と言って立会いをしなかった夫。それがここでは妻の頭側から手を握って見守りましょう〜なんて生易しいもんじゃなく、その過程の全てを、終始、しかも足側から見る事となった。彼にとってもなかなか針を振り切った経験だったのではないかな。聞けばアドレナリンが出て、全然大丈夫だったとのことで一安心。


日本での自然分娩、アメリカでの無痛分娩、それぞれに思い出深く貴重な体験となりました。何より、二人とも元気に産まれてくれたことが本当にありがたく。関わってくれた全ての周囲に心より感謝です。